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第18回宮城県株式会社 かわむら

メカブ&イクラブームの牽引役、ワカメからの再出発で世界に挑む

三陸ワカメの初水揚げは、例年2月から3月にかけて行われます。
2011年3月11日は、まさしくその日。水産加工会社「かわむら」取締役事業部長の川村潤さんは地震発生当時、ワカメ工場の中にいました。

▲ かわむら取締役事業部長の川村潤さん

▲ かわむら取締役事業部長の川村潤さん

「生の状態で工場に運ばれてきたワカメは、その日のうちにボイルされます。当社では最盛期で一日150トンほどを加工していますが、その日運ばれてきたのは初日ということもあって20トンほど。地震があったのは、ちょうどみんなで『今年のワカメはどうか』と品質を確かめていたときでした。私は取引先の方と電話をしていましたが、ほどなくしてその電話も途絶えました」(川村潤さん、以下「」内同)

ワカメ工場の周辺は津波が特に高かった地域で、近くには有名な「奇跡の一本松」もあります。現在、陸前高田市の同社工場の外壁には、東日本大震災時の津波到達水位が示されていますが、それを見上げると津波がいかに高かったかを思い知らされます。

▲ 壁面の会社ロゴの上の所に津波到達水位表示板がある

▲ 壁面の会社ロゴの上の所に津波到達水位表示板がある

県をまたいで隣り合う岩手県陸前高田市と宮城県気仙沼市に多くの工場や冷蔵庫を持つかわむらは、グループ全体で25の施設が被災しました。その被害額は正確には把握しきれないほど。全壊した建物への被害のみならず、原料の流出や機械への被害も深刻なものでした。

「100年間の統計を見て『ここなら津波が来ても大丈夫』という場所に建てた冷蔵庫にまで津波が来て、サケやイクラ、サンマなどの在庫が流されてしまいました。ショックだったのは、工場に入れた新しい機械が被災してしまったことです。震災前日の3月10日に支払いが完了したばかりでした」

不幸中の幸いだったのは、巨大津波に襲われながらも、かわむらに当時220人以上いた従業員が全員無事だったことです。

「年に一回の全社員会議で、防災ビデオを見たばかりだったんです。それには津波の内容も盛り込まれていて、万が一の場合の避難場所は各自把握していました。工場は散らばっていますが、みんな徒歩やマイクロバスで迅速に逃げてくれました」

甚大な被害に見舞われた中で、川村さんが唯一喜べたことでした。

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