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企業レポート 被災地で頑張る加工屋さんをご紹介します

第52回福島県株式会社村山栄次商店

震災での打撃を契機ととらえた経営改革顧客のニーズに応えるための商品づくり

福島県いわき市。県下最大の港・小名浜港の目の前に工場を構える株式会社村山栄次商店。
小名浜港で揚がるサバ、イワシ、サンマ、アジなどを選別、冷凍して、缶詰などの加工用原料、また養殖用のエサとして出荷するほか、鮮魚用の氷の製造も行っています。

村山栄次商店は、明治期、2016年3月に代表取締役に就任した村山榮三さんの曽祖父・村山栄次さんによって、茨城県大津で創業。当時は、サバ節や煮干し、イワシなどの煮物などを取り扱っていたそうです。祖父の正太郎さん(のちに栄次と改名)、父の栄一さん、栄一さんの兄弟と「村山栄次商店」の名は受け継がれ、1960年、福島県いわき市小名浜に工場を設立。榮三さんは創業から6代目にあたります(法人設立は1949年)。

▲ 株式会社村山栄次商店 代表取締役 村山榮三さん

▲ 株式会社村山栄次商店 代表取締役 村山榮三さん

榮三さんがこの仕事に携わるようになったのは、22歳の頃。18歳から東京の築地市場で仲買人として住み込みで働いたのちに同社で入りました。

「工場に入ってからはその後工場で長く勤めている人に混じって仕事を一から覚えました。父からは、とにかく毎日市場には顔を出せ、と言われて、毎朝5時半に小名浜市場に出向くことから始めました」(村山榮三さん・以下「」内同)

18年ほど前、30代半ばで市場での売り買いを任されるようになった榮三さん。当時は水揚げ量も多く、最盛期、漁獲量が増える時期に安く大量に仕入れ、一気に加工という手法でした。ですが、水産庁が資源管理型漁業の方針を打ち出すなか、10年ほど前から水産加工業者のなかでも魚のサイズを細分化して選別する流れが進み、それに伴って、市場での買いつけの状況が悪くなってきたそうです。榮三さんは、その頃から経営体質改善の必要性を感じ始めたと言います。

「これまで、たとえばサバなら200g~300gのサイズのものを缶詰などの加工用に、それより大きいサイズを鮮魚用、小さいものを養殖のエサと3段階にしか選別していませんでした。脂がのっていて単価の高い魚が揚がっても、手を出せずにいたんですね」

震災前の同社売り上げの内訳は7割が養殖用エサ。3割が加工用原料でした(製氷分を除く)。

「安い時期に大量に仕入れて、サイズの小さい魚を養殖用のエサとして出荷することに頼っていたのでは今後生き残れない。これからは、薄利多売の経営体質から、付加価値をつけて利益率をあげていかないといけないと考えていました」

震災の前の年には、榮三さんが、父の栄一さんに「工場の生産ラインを変えたい」と持ちかけて検討を始めていたそうです。当時の代表取締役・村山彰さんとも話し合いを重ね、今後の村山栄次商店の方向性を模索していた矢先、2011年3月、東日本大震災とその後起きた原発事故に見舞われたのです。

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