販路回復 ・ 助成事業 ・ アドバイザーについて、
まずはお気軽にご相談ください
ご相談のお申し込みはこちら
企業紹介第56回岩手県株式会社越戸商店

水でよみがえる ― 小さな村の「商店」の物語

岩手県北部の海岸沿いを縦断する三陸鉄道北リアス線は、旧国鉄時代に一部が開通し、運営を引き継いだ第三セクターの三陸鉄道により1984年に全通した路線。NHK連続テレビ小説『あまちゃん』のロケに使われたことでも有名です。国鉄時代、開通が遅かったのが下閉伊郡普代村を通る区間。急峻な地形のため、橋やトンネルが特に多い区間でもあります。

普代村の水産加工会社、越戸商店社長の越戸優さんは、村で鉄道の建設工事が進められていた小学生当時をこう振り返ります。

	越戸商店2代目社長の越戸優さん
越戸商店2代目社長の越戸優さん

「私が小学5年生の頃に、父の軍一が『マルコシ商店』という小売店を始めました。現在も当社の小売・通販部門として残っていますが、当時は鉄道の工事現場で働く人たちに食材を配達するなどしていました。とても景気が良かったのですが、鉄道が完成すると途端に仕事がなくなり、父は鮮魚を出荷する仕事を始めました」(越戸優さん、以下「」内同)

越戸商店の創業は1968年(昭和43年)。当時から今に至るまで、前浜で取れる魚を中心に取り扱ってきました。普代村は人口2700人あまりの小さな村ですが、漁港が6つあることからも分かるように漁業が盛んな村。村の沖合には寒流の親潮と暖流の黒潮のぶつかる「潮目」があり、定置網漁船によりサケやヒラメ、イワシ、イナダなどたくさんの魚介類が水揚げされています。また、ワカメやコンブの養殖も盛んです。

「水不足」により生産量が頭打ちに

越戸商店の本社工場は山に囲まれた立地にありますが、越戸さんは「不便さは全く感じていない」と言います。

「ここは津波も来ない高い場所ですが、普代村の漁業基地となっている太田名部(おおたなべ)漁港には車で10分ほどで着きます。豊かな漁場で取れた魚を新鮮なうちに加工し、出荷できるのが当社の強みです」

地元の魚にこだわる越戸商店は、普代村に工場を集約しています。本社敷地内にあるのは、第1工場、第2工場、蒸しだこ工場の3つ。以前は大槌町にも工場がありましたが、そちらは東日本大震災の大津波により甚大な被害があったため、再開を諦めざるを得ませんでした。

震災後、大槌工場の機能を本社工場に移転させることでその穴埋めを図った越戸商店ですが、工場が一つ減ったことの影響は予想以上に大きいものでした。同社の主力製品であるイクラの生産能力が、大幅に低下してしまったのです。

「イクラの生産量が減ってしまったので、冷凍加工品や蒸しだこの生産量を増やしていくことにしました。幸い、震災の年の秋には普代村の港にも定置網漁船が入ってきたので再開は早かったのですが、なかなか生産量を増やせませんでした」

ネックとなっていたのは「水」でした。

水産加工業では、原料の洗浄、調理、機械の洗浄などの際に多くの水を使います。しかし越戸商店に届いている水道管は工場のものとしては細く、また水の使用は一般家庭が優先されるために、工場で使える水の量が限られていました。慢性的な「水不足」のために、生産量を増やしたくても増やせない事情があったのです。

「水はあらゆる作業に必要なので、不足するとできる作業が限られてしまいます。逆に水をたくさん使えるようになれば、できる作業も増えます。そこで水道に頼ることをやめて、地下水を利用することにしました」

	鮮魚を扱うラインでは大量の水が不可欠
鮮魚を扱うラインでは大量の水が不可欠

地下水を利用するには、ろ過装置が欠かせません。越戸商店では水産加工業販路回復取組支援事業を活用して、紫外線殺菌装置などを含むろ過装置を導入しました。従来、水をたくさん使わなければならない状況になった時には、水を一カ所に集中させるために工場内の他の作業を中断しなければなりませんでしたが、地下水を利用するようになってからは複数の場所で同時に水を使えるようになりました。

「ろ過装置で大いに助かっています。イクラや蒸しだこ、フィーレなどの製品を滞りなく生産できるようになりました」

	生産のボトルネック解消につながったろ過装置
生産のボトルネック解消につながったろ過装置

震災前への「回復」だけでは足りない

水の問題が解決したことにより、震災後の売り上げが低迷していた越戸商店の業績回復も近いものと思われましたが……。

「震災前も水産加工業界は全体として景気が悪かったので、震災前の状態に戻ることが『回復』にはならないと思います。もちろん、まずは震災前に戻すことが大切ですが、そこからさらに上げていけるかが本当の課題です」

	震災後、力を入れている蒸しだこ。三陸産タコを蒸してまるごと出荷
	震災後、力を入れている蒸しだこ。三陸産タコを蒸してまるごと出荷

震災後、力を入れている蒸しだこ。三陸産タコを蒸してまるごと出荷

現在は原料高という問題もあります。売り上げの数字が回復しても、以前よりも利益が出にくくなっている。苦しい状況が続きますが、打つ手がなくなったわけではありません。

地元・普代ブランドへのこだわり

事業の規模を大きくすることだけを考えれば、もっと大きな港の近くに工場を建てることが近道のようにも思われます。しかし越戸さんは、地元・普代村の魚を扱うことに強いこだわりを持っています。

「前浜の魚にこだわるのは、毎日よく見ているからです。市場で見れば脂のノリだって分かる。私と現在会長を務めている父、そして営業担当も含めて、毎日市場に行っています。水揚げがない時は宮古などから魚を取り寄せることもありますが、基本は前浜の魚。それは創業当時から変わりません」

	この日は水揚げされたばかりのワラサを仕入れた
この日は水揚げされたばかりのワラサを仕入れた
	三陸普代港 「甘造り 特選 いくら」
三陸普代港 「甘造り 特選 いくら」

地元の魚が一番おいしい。その自信があるからこそ、この普代村で事業を営み続けてきたのでしょう。84人という従業員数もこの村では大所帯。地元の雇用創出にも貢献しています。

「今、スーパーなどでは、鮮魚売り場よりも加工品や惣菜品の売り場が広くなっています。水揚げ量が年々減っている中で、これからますます加工度を高めていかないと仕事もなくなってしまいます。そうならないために、今後は機械化を進めていきたい。たとえばカット機を導入するだけでも、今よりも生産力がアップします。新しい工場を建てて生産を増やしていきたいとも考えていますが、その前にここで取れた魚で『何を作るか』ということを決めておかないといけませんね。商売がうまくいくかどうかは、そこにかかっていると言えます」

これから決めていくべきことはたくさんありますが、すでに一つ決まっていることは、前浜の魚を中心にやっていくということ。「地元の魚を届ける」という使命が、越戸さんたちを突き動かします。

株式会社越戸商店

株式会社越戸商店

〒028-8311 岩手県下閉伊郡普代村第19地割字白井17-2
自社製品:イクラ、ウニ、ワカメ、鮮魚、蒸しだこ ほか

※インタビューの内容および取材対象者の所属・役職等は記事公開当時のものです。