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企業レポート 被災地で頑張る加工屋さんをご紹介します

第74回宮城県株式会社 高浜

「もう一度、塩釜とこの地域を盛り上げたい」近隣・石巻とも連携した新商品開発

宮城県塩釜市内に、本社第一工場をはじめ、第二工場、第三工場、第四工場をもち、笹かま、揚げかまのほか、ちくわ、つみれなどのおでんだねを製造、販売している株式会社高浜。2008年に株式会社スギヨ(石川県七尾市)の傘下に入りグループ企業として、2011年高浜食品工業株式会社から社名変更、現在に至ります。

高浜の創業は、1935(昭和10)年。現在三代目となる代表取締役社長高浜布之さんの祖父、高浜源吉さんが揚げかまぼこの製造販売を家族で始めました。二代目の和夫さんは、営業畑で培ったキャリアを活かして東京はじめとした首都圏に販路を開拓、現在は、170余名の従業員を有する企業に成長しました。

2011年の東日本大震災では同社も大きな被害を受けました。2017年7月まで開発部門責任者として、多くの商品開発に携わり、現在は製造部部長を務める佐野静男さんに、当時の様子をうかがいました。

製造部部長の佐野静男さん

▲ 製造部部長の佐野静男さん

「当日は本社工場にいたのですが、立っていられないほどの揺れを感じて、大きな金庫が動いたり、食堂の天井の鉄筋がテーブルに刺さっていたりした様子を覚えています。従業員は避難場所に指定されていた、工場からすぐ近くの海上保安庁合同庁舎にすぐに避難、そこでひと晩を明かしました。本社工場の津波はくるぶしまで程度だったのですが、第二工場は1m50㎝のところまで水に浸かり、冷蔵庫が水に浮かんでいる状態でしたね。配電盤、電気機器類もすべて使えなくなりました」(佐野さん・以下「」内同)

本社工場は日産で1・5t、第二工場は日産3t分、翌日作業分のすり身合わせて、当時冷蔵庫に入っていた原料はすべて廃棄。レトルトおでんなどは、避難所に配って回ったそうです。本社より低い土地に建っていた第三工場では、津波を避けるため、同社の判断で従業員を避難指定地よりさらに高い高台に避難させ、全員が無事、人的被害はありませんでした。埋立地に建っていたため、地盤の隆起が工場内でもひどく、歩ける状態ではなかったといいます。修繕し再開した今も地盤沈下が進行、2017年8月には、ウレタン樹脂を地中に充填するなどの修繕を続けているそうです。

▲ 震災で大きな被害を受けたという第三工場では、取材時、おでんだね製造の最盛期でした

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