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企業レポート 被災地で頑張る加工屋さんをご紹介します

第110回茨城県株式会社かねきう

前浜を大切にして、前浜とともに柔軟に生きる

かねきうの創業は昭和27年。現社長の遠藤浩一さんのお父様である遠藤貞夫さんが漁師の仕事の合い間に、茨城県の波崎港のそばの自宅でイワシの煮干しや丸干しなどを製造したのが始まりです。当初は、「片手間だった」加工業が徐々に拡大し、昭和40年には現在本社がある場所に専用の加工場を設け、冷蔵庫も導入。本格的に煮干しや丸干しの加工に取り組み始めました。

	株式会社かねきう 代表取締役 遠藤浩一氏

▲ 株式会社かねきう 代表取締役 遠藤浩一氏

「最初は設備を揃えるのも大変だったみたいで、冷蔵庫は木造だったよ。私が入社したのは高校を卒業してすぐの、昭和49年。当時は、男手は父と私だけで、他にパートさんが15人くらいいたかな。天気の良い日は全員で、朝から晩まで丸干しを作っていました(かねきう代表取締役 遠藤浩一氏、以下「浩一さん」)

浩一さんが入社した頃から、かねきうでは積極的に設備を補強してきました。まず昭和50年に冷風乾燥機を導入。その後、昭和53年にはリフトのまま入庫できる大型冷蔵庫を新設し、煮干しや丸干しだけでなく凍結加工も開始しました。凍結を始めたことにより、イワシだけでなく、様々な種類の魚を扱うようになり、昭和57年には選別機を導入。翌58年には凍結庫も増設します。さらに、昭和62年には保管庫、平成2年には煮干しの自動釜も相次いで新設しました。自動釜は四国や佐賀県まで見学に行き、当時の最新鋭の設備を取り入れたのだそうです。

「家族中心で細々とやっていたんだけれど、設備をするとなぜか当たってね。例えば、丸干し用に冷風乾燥機を入れたら、翌年は田作り(ごまめ)の需要が多くて。冷風乾燥だと温度帯が18~19度で最高の状態で仕上がるので、品質が良く他社より高い値で販売できて、設備のために借りたお金もすぐに返せました。また凍結庫を作った年は、魚が潤沢に揚がって、ちょうど良いタイミングで大量に仕入れることができました」(浩一さん)

波崎地区は8年連続で日本一の水揚げを誇る銚子港のお膝元。その銚子では無選別状態で魚が揚がるため、その日揚がった魚を見て、その都度、魚種や市場のニーズにあった形で市場に出荷するそう。鮮魚に向くものは鮮魚として出荷し、加工に向くものも、どの加工方法が良いか柔軟に変えているのです。そのため、以前は主力だった煮干しや丸干しは、需要の低下や原料となる魚の減少に伴い徐々に取扱いを縮小し、震災前の加工の主力は凍結になっていました。また塩干品としては、新たにしらすの取り扱いを開始。このように、浜と市場のニーズに合わせて着実に成長し続け、震災の前年には、過去最高の売上を記録したのだそうです。

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