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企業レポート 被災地で頑張る加工屋さんをご紹介します

過去の経験を遥かに超える大津波

それから半世紀後の2011年3月11日、太洋産業の社史に残る記述を再現するかのように、大船渡にまたもや大津波が押し寄せてきました。しかもその高さは、5メートルほどだったチリ地震の時を上回る10メートル以上。大船渡市の死者・行方不明者は498人にのぼりました。

太洋産業の工場は海の目の前にありますが、これだけの大災害の中、人的被害は免れました。
チリ地震の津波を経験していた齊藤さんの存在が、迅速な避難につながったのです。

「砂浜に打ち寄せる波と違って、津波というのは海面がただ盛り上がるだけで、音もなく静かにやってきます。そのために避難が遅れてしまいがちですが、津波の経験者は、地震があると瞬時に津波のことが頭をよぎります。今回は揺れが特に大きかったので、津波が必ず来るという前提ですぐに従業員79人の点呼をして、着の身着のまま高台の神社に避難しました」(齊藤さん)

やがて津波が到達すると、神社から見える街の景色は一変しました。
3階建てだった太洋産業の本社工場も2階部分まで浸水し、壁が押し流されるなど大きな被害を受けました。この時、工場にいくらなどの高価な在庫があったことも、同社の損失を拡大させたといいます。

数々の経験をしてきた齊藤さんをして「思い出したくもない」と言わしめたのは、工場の後片づけでした。

「水が引いた後、4月から6月までは、工場の中に残った在庫の魚を外に出す作業に追われました。電気が通っていないので中は暗いし、ベルトコンベアーも使えない。全国から社員を集めて、すべて手作業で中のものを取り出しました。凍っていた魚が溶けて、においも凄い。建物の奥に行くほど空気が薄く、酸欠で救急車に運ばれた者もいました」(齊藤さん)

  • 被災後の工場の様子

    ▲被災後の工場の様子

  • 全壊した工場の後片付けをする社員

    ▲全壊した工場の後片付けをする社員

地盤の下がった工場一帯は、震災から半年が過ぎても高潮になれば海の一部と化して魚が泳いでいるような状態。地盤のかさ上げと工場の建て直しのため、大船渡工場のパート従業員にはしばらく待機してもらうことに。社員は同社の釧路工場、根室工場などに一時的に移りました。

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