販路回復 ・ 助成事業 ・ アドバイザーについて、
まずはお気軽にご相談ください
ご相談のお申し込みはこちら
企業紹介第181回宮城県有限会社浜口商店

安さではなく、「他にはないユニークさ」や「品質の良さ」で評価されること。
それが、モノを作る人間のプライドであり、モチベーション

浜口商店の創業者は、現在は会長を務める濵口忠之さん。地元、名取市閖上で多く水揚げされていたカニの仲卸を中心に、1974年、個人事業主として事業を始めました。その後も浜で新鮮な魚を買い付け、鮮魚の仲卸として規模を拡大していきます。

「父は根っからの浜の人。浜で漁師とやりとりをしながら、勢いよく買っていくというスタイルでした。加工を本格的にやり始めたのは自分が入社した1990年代の後半から2000年くらいにかけての間ですね。自分は父とは違って、他社と差別化が図りにくい鮮魚より、自社で独自の付加価値が付けやすい加工の方を大事にしたいと思っていました」(有限会社浜口商店 代表取締役 濵口 元さん、以下「」内同)

有限会社浜口商店 代表取締役 濵口 元さん

濵口さんが浜口商店に入社したのは1997年のこと。当時は鮮魚が中心だったため、加工は中国から輸入した原料のリパックなど簡単なものが多かったそうです。しかし、付き合いのあった中国企業から「ナマコやアワビの乾物を作れないか」という相談を受け、試行錯誤しながら乾物の加工に取り組み始めました。

「依頼された当時は周りでナマコの乾燥品を製造している会社はゼロ。誰かが指導してくれるわけでもないので、まず切り方をどうしよう?次は何をしよう?と、一から考えました。基本的には捌いて内臓を出してから乾燥させるのですが、最初は何も分からず天日で干して腐らせたこともあります。簡単な機械も入れたけれど、なかなか生産が安定せず、3年ほど経ってやっと納得が行くような製品ができるようになりました。でも思ったように販売量が伸びず、父が“もうやめようか”と言うのを“あと1年だけ待ってくれ”と続け、4年目になんとか事業を軌道に乗せることができました」

その後、アワビは地元の三陸産を中心に、ナマコは全国から取り寄せた原料を厳選しながら乾物の輸出を本格化させます。乾物は乾燥させるだけでも1~2か月かかり、その後の選別作業などもあるため、半製品を長くストックしなければいけません。そんな事情もあり、ナマコの乾燥品を大量に扱う会社は少ないそうですが、浜口商店では年間10トン以上のナマコを扱っており、今ではナマコの取扱量では日本有数の加工業者となりました。この他に、プロトン凍結機を使ったシャコエビ、ワタリガニのボイルなどの冷凍品の製造も始め、鮮魚よりも加工品の売上が上回るようになりました。

浜口商店の主力商品「乾燥なまこ」(左)とプロトン凍結機を使い高鮮度のまま凍結された「ボイル冷凍ワタリガニ(宮城県産)」

海外出張時に被災。
閖上の川が逆流するニュースを見て帰国を急いだ

2011年の3月11日、濵口さんは中国語の通訳を務められる奥様と一緒に、商談で上海を訪れていました。商談が無事に終わり、タクシーの車内で奥様と「観光でもしようか」などと話しているときに日本からの連絡を受けたのだそうです。

「妻の実家から、“震度6強の地震が来て、宮城県に数メートルの津波が来る”と連絡が来ました。これは観光なんかしている場合じゃない、とすぐにホテルに帰ってテレビをつけたら、真っ先に流れたのが閖上の川が逆流している映像でした。“これ、閖上だ、ヤバい”と、子供達を預けていた父に連絡をしたのですが全然つながらなくて・・・。」

その後、ご両親と子供たち、従業員の無事は確認できたものの、今度は上海からの帰国が困難を極めます。もともと乗る予定だった3月12日発の成田行きの飛行機は欠航。そこから、とにかく早く日本に飛ぶ便を探し、最終的に奥様の実家がある関西行きの飛行機で日本に戻りました。日本に到着した後、最低限必要な物資を持っていざ閖上に向かおうとしたら、今度は原発事故の影響で日本国内の移動がままなりません。そのため、臨時便で山形空港まで行き、タクシーなどを乗り継いで仙台方面へ向かいました。工場まで向かう道中は瓦礫だらけで途中から車では進めなくなり、そこからは歩いて閖上へ。工場に辿り着いたのは3月14日のことでした。

「3月14日時点でも仙台は人影がなく真っ暗でした。閖上は瓦礫だらけで車は入れず、2㎞くらい歩いて家まで行ったらタイルしか残っていませんでした。会社の方も、もともと4つあった工場のうち、港に近かった2つと、仙台工場の目の前にあった1つが完全に流出しました。唯一、父の自宅兼、最初の工場は大規模半壊で残りました。まっすぐだった屋根の中央が落ちてVの字に曲がった様な状態だったけれど、ここを直して再出発しようと決めました」

残った工場の土台を持ち上げ、「とりあえず5年使えるように」と依頼して建物を修繕。2011年の7月には仕事を再開できる目途は立ちました。しかし、近くの石巻、福島などの港が稼働しておらず、原料の入手ができません。再稼働にはまだ早いと判断し、従業員の一部をやむなく解雇して、最終的に仕事が再開できたのは東日本大震災から1年がたった頃でした。

「従業員は、次の仕事を見つけやすい若い人から辞めていただき、再就職が難しそうな年齢が高い方を中心に雇用を残しました。宮城のものは汚染されているのでは?と不安がられたけれど、仙台港の近くに預けていた冷凍の国内販売用の原料が無事だったので、“これは震災前のものだから”とまずそれを販売するところから始めて。放射能への忌避感が薄れて、何とか普通に商売を始められたのが震災から1年後くらいだったと思います」

震災以前から中華圏への輸出がメインだった浜口商店は、禁輸措置により大きな痛手を被りました。

「海外の方はいいものに対してはそれに見合う価格を出してくれるため、作り手として正当な評価が得られるという利点や喜びがあるんですが、原発事故など予想外の突然の出来事で取引そのものが無くなる危うさも身をもって経験しました」

そのため震災後は国内向けにも販売を強化しようと料亭など外食向けにも新しい販路を開拓してきました。

仲間を集めて「北限のしらす」を立ち上げ、国内販路拡大を狙う

東日本大震災で大きな被害を受けた閖上地区は、産業用地として再整備され、市が事業者の誘致を開始。浜口商店も津波による被害を受けた本社、第二工場、第三工場を集約し、2016年に現在の地に本社工場を建設しました。

当初はこの工業団地で水産加工を行う事業者は6社のみ。このうちもともと閖上で加工を行っていた事業者は浜口商店とマルタ水産(現:有限会社MARUTA)丸七佐藤水産の3社で、新たにやってきた事業者の中にはシラスを扱う業者も多くいました。そこで、「浜に顔がきく」会長が彼らを束ね、この地域として産業を活性化させるため、漁協とも連携して宮城県でシラス漁をできるよう働きかけたのです。

その結果、これまでシラス漁の北限は福島県相馬市でしたが、2016年11月より宮城県の許可を受けて仙南地区でも漁獲が始まりました。

そして浜口商店でも新たに「生しらす」のパック詰めを開始。これまで作ってきたものとは全く違う商材のため、最初は手作業で製造していました。しかし地域の名産品としてだんだんと「閖上しらす」の需要が増え、これまでの体制では供給が間に合わなくなってきました。

そこで、令和4年度の販路回復取組支援事業を活用してシラス、白魚に使える自動供給機の導入を決めました。

「この機械はすごく良くって、今まで100㎏の製品を作るのに作業者10人で1時間かかっていたんですが、4人で30分ほどに短縮されました。どんどん出てくるから、蓋を閉めるのが間に合わないくらいです」

しらす自動供給機

また、濵口さんはBtoBからBtoCへ販路を広げるため、以前から主力商品であるナマコを使った乾物以外の製品づくりを検討してきました。

乾燥ナマコは戻すのに1週間ほどかかり、家庭では扱いにくいため、手軽に食べてもらえる商品として、乾燥ナマコの製造過程で出る栄養を含んだ煮汁を使ったゼリーをテスト製造してきたのです。

そしてこの製品の製造を本格化するため、同じく販路回復取組支援事業を使ってドラム式乾燥機を導入しました。

新商品の開発に役立つドラム式の乾燥機

ドラム式乾燥機を導入したことで、今まで廃棄していたナマコのエキスが溶けだした煮汁から粉末を量産化することに成功。これを使ってナマコのゼリー「健美参」を商品化させました。

「これも全く初めての試みで、製造もパッケージの開発も、一から試行錯誤して作りました。今は仙台空港で海外の観光客向けのお土産として販売したり、国内向けには、妻がライブ配信で漢方の知識と併せて紹介したりしています。ナマコは中国語では海参と書きますが、これは海の高麗人参という意味で、東洋医学の腎虚と呼ばれる症状に特に効くと言われています」

高たんぱくで、18種のアミノ酸を含む栄養価の高いナマコを家庭でも手軽に食べてもらいたいという思いから開発されたナマコゼリー

このほかに、シャコエビ、カニ等の煮汁も粉末化して、飲食店向けに「風味付けのだし」などの新商品の開発も進めています。

誰もやらない新しいものこそが、高付加価値につながる

入社時からずっと「誰もやっていない」新商品を試行錯誤しながら独自に開発し、「価格競争に巻き込まれない」経営スタイルを志向している濵口さん。今までデフレに苦しんでいた日本では、「品質より低価格であること」が優先され、「質の高い製品を、それに見合った価格で」販売したい濵口さんにとって不本意な状況が続いていました。しかし最近は、その風潮にやや変化が出てきたと感じているのだそう。先日も展示会でナマコの内臓の塩辛である「このわた」の乾物をお披露目したところ、好評を博しました。

「和食や創作系のかなり高級なお店から、“他にはなく、おもしろい”と言ってもらえました。火であぶって日本酒のあてにすると美味しいんですよ。高級食材の“このこ”に近い形で売り出せないかと思っています。ウチはこのわたの原料であるナマコは豊富にあるので、新しい物をどんどんやっていきたいです」

安易な価格競争に走らず、ユニークな切り口で新たな試みにチャレンジし続ける浜口商店。その製品は、「ありきたりなモノに満足はしない」目利きのお客様に見いだされ、彼らの生活になくてはならないモノになっていくのでしょう。

有限会社浜口商店

〒981-1204 宮城県名取市閖上東2丁目9-2
自社製品:乾燥ナマコ、乾燥アワビ、ボイルシャコエビ、ボイルワタリガニ、
生しらす、白魚、アンコウ鍋パック 等

※インタビューの内容および取材対象者の所属・役職等は記事公開当時のものです。