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企業紹介第186回宮城県株式会社マルジン三浦水産

生産者視点を持つホタテ加工屋さんが
「長く続けるため」に考えていること

宮城県の北東部、志津川湾を囲むように位置する南三陸町。その中心部の志津川地区には、建築家・隈研吾氏の南三陸三部作と呼ばれる「南三陸町東日本大震災伝承館 南三陸311メモリアル」、「南三陸さんさん商店街」、「中橋」があり、この町の新たなランドマークとなっています。

南三陸町東日本大震災伝承館。外壁には地元産のスギ材を使用。
2022年10月オープン

同じ南三陸町内の歌津地区に本社工場を構えるマルジン三浦水産は、ホタテを養殖から手掛け、自社工場では剥き加工をしています。同社社長の三浦渉さんが、創業からの経緯を振り返ります。

「私の祖父が、ホタテとワカメの養殖事業を始めたのが当社の始まりです。その後、昭和59年(1984年)に法人化して現在に至りますが、今も主力製品はホタテで、売上全体の95%ほどを占めています。あとの5%はワカメです。ホタテは自社で養殖もしていますが、取扱量としては買い付けのほうが多く、三陸産のホタテ、北海道産のホタテを扱っています」(三浦渉さん、以下「」内同じ)

震災後の3年間、北海道に住民票を移して復興を進めた

原料のホタテは、入荷したその日のうちに剥き作業が行われます。

「うちも含めて、三陸のホタテはやわらかいのが特徴です。一般的にはやわらかいホタテのほうが、かたいホタテよりも高く売れ、お寿司屋さんや料亭、ホテルなどの業務筋を中心に流通していきます」

志津川湾には周辺の山からミネラル豊富な水が流れ込むため、南三陸町で育つホタテは「肉厚で甘い」と評判です。そして加工の差によって、やわらかい食感につながるのだそうです。

朝獲れの活ホタテ

北海道から再出発、原料回復傾向も労働力不足は変わらず

2011年の東日本大震災当日、三浦さんは、当時メインの工場を構えていた志津川地区にいました。本社のある歌津地区からは15キロほど離れているため、すぐに戻ることはできませんでした。

「従業員は避難して無事でしたが、津波で両親の自宅が流され、父が逃げられずに亡くなりました。工場は骨組みしか残らず、車両も機材も流されました」

東日本大震災によって志津川と歌津の工場は全壊。父親も亡くし、この仕事をやめようかとも考えた三浦さんですが、そんな時、北海道の取引先から連絡がありました。

「父の代からお世話になっている北海道の取引先の社長から『建物は流れたが、社長(三浦さん)もお客さんも残っている。ホタテの種は北海道にあるし、人も場所も貸すから』と声をかけていただいたんです。まずは顧客基盤を維持するために北海道で工場を間借りし、平成23年5月には北海道で事業を再開して、その後も向こうではいろいろな方にお世話になりました」

北海道に住民票を移した三浦さんは、2年目には長万部に自社工場を構えるようにもなります。以前から、北海道に工場を持つことは夢だったのだとか。この工場は現在もマルジン三浦水産の工場として稼働しています。

また、ホタテ養殖については、南三陸町を含めた沿岸部が津波により壊滅的な被害を受けていました。しかし、種は北海道から仕入れており、津波で流れてしまうことは無かったため、養殖設備の復旧させたのち、震災翌年の平成24年5月から水揚げを再開しました。

一方、加工場については、もともとメインの工場である志津川工場の再建を検討するも、防潮堤の外側であったため、補助が受けられず断念。そのため歌津工場を修繕し、さらに新たに中小企業基盤整備機構が整備した仮設工場と合わせて震災前と同程度の加工能力を復旧させ、平成24年6月より南三陸での加工事業を再始動させました。

ホタテの養殖、加工場ともに再開を果たしましたが、労働力不足などにより、注文に対応しきれなくなっていたのです。

「震災後に減ったホタテの水揚げ量は回復傾向にあり、機材も少しずつ揃えてきました。しかし労働力不足は震災からずっと続いており、加工量は震災前の50%程度に留まっていました」

加工事業の売上を伸ばすためには、むき身の生産量を増やす必要がありました。そのため、この作業を機械化することも考えましたが、むき身の機械は蒸気を使うものであり、マルジン三浦水産が求める品質からは少し落ちてしまうため、どうしてもこの工程には人員を集中させる必要があったのです。

そのため、むき身以外のほかの工程をなるべく省人化、効率化させ、むき身の工程に人員を集中させる必要がありました。

作業時間の短縮でよりフレッシュなホタテを出荷

そこで新たに導入されたのは、原貝洗浄機、ホタテ貝剥き台と併設のコンベア、重量選別機です。

「原貝洗浄の工程では、これまで投入口へ1個ずつほたて貝を入れなくてはならず、貝の並べ替えも必要だったのですが、全自動の原貝洗浄機が導入されてからは、コンベアに貝を丸ごと投入するだけで済むようになり、10人ほどで行っていた作業が2人でできるようになり、作業時間も3分の1程度に短縮されました。そのおかげで人員の大半をむき身加工等にシフトできました」

原貝洗浄機の導入で大幅な効率化が図れた

ホタテ貝の剥き加工を効率的に行うため、専用の作業台も従来の10名分に加え、6名分を新たに導入しました。原貝洗浄の工程で省人化できた人員を投入することが可能となり、出荷までの時間はこれまでより2時間も短縮され、より新鮮な状態を保てるようになりました。

ホタテの殻と身を分ける作業台とコンベア

「以前はメカ式の重量選別機を使用していましたが、新しくコンピューター式の重量選別機を導入したことで、1分間あたりの処理速度が140粒から240粒に向上しました。以前は人が待つ時間がありましたが、今は人が追いつかないくらいのスピードです。計量がスムーズになったことで少量パックのサンプルも製造できるようになり、新しい商談につながっています」

コンピューター式の重量選別機の導入により計量の処理速度は倍近くに

原料があってこその加工

震災で亡くなった父・仁さんは、「見て覚えろ」というタイプ。そのため言葉で伝えられたことは多くないそうですが――。

「失敗した時などに、『そういえばあの時、こういうことを言っていたな』、『あの言葉の意味はこういうことだったのかな』と、今になって気づくことがちょくちょくある感じですね」

そんな三浦さんは、父親から継いだ会社を、「細く長く続けること」をモットーに、売上の回復を目指していくといいます。

「震災だけでなく、この数年だけを見ても、コロナや原発処理水の海洋放出など、どんどん状況が変わります。その中で継続していくことがいちばん難しい。ここまで自分でもよく頑張ってきたなと思いますし、これから続けていくために何が大事なのかを考えながらやっていきたいですね」

先ほどの導入機材により作業効率は上がりましたが、これからさらに売上を伸ばしていくためには、引き続き労働力不足に対応していくことが必要だといいます。

「うちは養殖もやっているので、その作業を効率化させるための機材があれば、加工量をもっと増やせます。やはり原料あっての加工ですので」

ホタテの養殖では、ホタテの貝に穴をあけてロープに吊るす作業がありますが、それを自動化するロボットを必要台数そろえれば、ホタテの生産量が増えて、加工量も増える。最終的に売上の増大につながるといいます。

「加工だけでなく、養殖のほうでも今は人が足りていない。若くてやる気のある人に、場所や漁船を貸すなどして、後継者を育てていく取り組みが必要です。私には祖父、父から受け継いだ場所がありますが、南三陸町に移住してきた人などが新規参入するにはさまざまなハードルがあります。受けられる助成も、その対象になるための条件が若い人には厳しい。漁業関連の会合などでも発言していますが、地域でもっと考えていく課題です」

生産者、加工業者、販売者と、さまざまな立場から水産の現場を見ている三浦さんだからこそ持つ広い視野で、自社と地域が存続していくための道を模索し続けます。

株式会社マルジン三浦水産

〒988-0444 宮城県本吉郡南三陸町歌津字泊浜76-1
自社製品:ホタテ、ワカメ ほか

※インタビューの内容および取材対象者の所属・役職等は記事公開当時のものです。