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全壊よりも一部損壊のほうが復旧が遅い?

2011年3月11日の地震発生当時、木村さんは車で気仙沼市に向かっているところでした。

「半分くらいまで行ったところだったでしょうか。三陸自動車道を走っていると、ものすごい揺れがあって、テレビを見たらただごとじゃないということがわかったんです。すぐに会社に電話をして『全員着の身着のまま裏山に逃げろ』と指示しました。私は来た道を折り返して、ガタガタになった道路を時折ジャンプしながら石巻に戻りました。裏山の中学校で全員と合流しましたが、街がだんだんと水没していくのをただ見守ることしかできませんでした。この地区は入江の関係で津波が直接襲ってきたというより、どこかを経由して流れてきた海水で冠水したという感じ。中学校で二晩過ごした後、3日目に工場の様子を見に行きましたが、1階部分は海水に浸かり、2階部分は物が散乱していて足の踏み場もないほどでした」

周辺の建物の多くは大規模半壊。キマル木村商店の工場と事務所は、外壁にヒビが入ったものの母屋の鉄骨と土間は残り、一部損壊にとどまりました。しかし実質的には壊滅状態。使えるものは何も残っていませんでした。

「それでも電気とネットはつながっていたので、震災後しばらくはボランティアの方たちに開放して、作業の拠点として使ってもらっていました。私たちは年内には営業を再開していましたが、最初はかきの販売だけ。ほやは種から成長するのに2~3年かかるので、すぐには再開できませんでした」

震災から5年が経った現在も、キマル木村商店の売り上げはまだ5割の回復にとどまるのだそうです。建物の一部損壊どまりで済んだことが、思わぬ形で後の復旧の足かせとなっていました。

「実は全壊したところよりも、私たちのように一部損壊のほうが復旧に時間がかかってしまうケースが少なくなかったようです。被害状況の精査をする行政の手続きに2年ほどもかかってしまいました。しかもうちの場合は、行政が敷地横の用水路からポンプで水をどんどん引っ張っていった時に、土も一緒に持って行かれてしまい、建物のひび割れがどんどん大きくなっていきました。この補修にも相当な費用と時間がかかりました」

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