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企業レポート 被災地で頑張る加工屋さんをご紹介します

明治時代から繰り返される業態転換

谷藤水産を創業したのは、田山さんの祖父・藤吉さん。
もともと漁師だった藤吉さんは、1907年(明治40年)に水産加工業を開始し、田山さんの父・庄太郎さんがその後を継いで1971年(昭和46年)に法人化しました。当時の大洗町には今よりも多くの加工場があったそうですが、事業を継続することは容易ではなかったようです。

「水揚げが少ない年は、どの業者も原料高に悩まされました。その場しのぎでは先行きが見通せないので、当社は昭和40年代から冷凍保管用の冷蔵庫の建設を進めて、不漁の年に備えるようにしました」

田山さんが1980年(昭和55年)、35歳で社長に就任してからもその方針は変わらず、新しい冷蔵庫が次々に建設されました。現在、谷藤水産が自営する冷蔵庫の保管能力は、茨城県内で最大級となる約3万トン。大きな規模で冷凍・冷蔵業を展開することにより、水揚量に左右されやすい加工業の安定化を図ってきたのです。

魚種の変化による転換期もありました。セグロイワシの漁獲量が減った頃、代わりに海外からシシャモの輸入が増え、大洗町でもシシャモの丸干し加工が盛んになりました。谷藤水産でも2代目の庄太郎さんの代からシシャモ加工を始めています。しかし国際競争の時代が訪れると、そうした加工の仕事は人件費の安い中国やタイに奪われてしまい、シシャモ加工業だけでは経営が成り立たなくなってしまいました。

「その当時、同業者の倒産が相次ぎました。このままではうちも駄目になると思い、北茨城市にも工場を作り、サンマやサバ、ホッケ、イワシなどの冷凍販売を始めました」

シシャモ一本に頼らないで扱う魚種を増やしたほか、漬け魚やみりん干しなどの加工販売にも手を広げて生き残る道を模索したのです。

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