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企業レポート 被災地で頑張る加工屋さんをご紹介します

停電でトラブルあったものの訓練通りスムーズに避難

石川さんは震災当時、同じ全国漁業協同組合連合会(JF)グループのぜんぎょれん食品(宮城県塩竈市)にいました。八戸で被災した常務取締役の牛田光治さんに、当時の様子を語ってもらいました。

▲ ぜんぎょれん八戸食品常務取締役の牛田光治さん

▲ ぜんぎょれん八戸食品常務取締役の牛田光治さん

「大きな揺れがあった後、避難放送を流しましたが、停電で従業員には届きませんでした。それでも普段行っている避難訓練の通りに、従業員たちは自主的に駐車場に避難してくれました。車のラジオで情報収集をしていると、6メートルの津波警報が出ていると聞こえてきた。そこで送迎バスや従業員の自家用車に分乗して、当時130人ほどいた従業員みんなで高台に避難しました。途中、渋滞がありましたが無事に避難は完了し、私は工場に戻って人が残っていないか最終確認をしました。津波が到達したのはその15分後のことです。工場には保守の人間が残っていましたが、上の階に避難していて無事でした」(牛田さん)

人的被害は免れたものの、海に最も近いという同社の業務上のメリットは、この時ばかりはデメリットとなりました。海まで遮るものがない本社工場に、勢いのある津波が直撃したのです。

「本社工場では2階に加工場があるので加工機材は被災せずに済みましたが、1階の冷蔵庫と事務所は海から運ばれたヘドロまみれになりました」(牛田さん)

  • ▲ 津波が引いた後の1階の事務所内。 物が散乱し、床一面がヘドロで真っ黒に

    ▲ 津波が引いた後の1階の事務所内。
    物が散乱し、床一面がヘドロで真っ黒に

  • ▲ 本社工場の近くにある食品工場で津波の高さを示す牛田さん

    ▲ 本社工場の近くにある食品工場で
    津波の高さを示す牛田さん

3月下旬に電気が通ったことで、同社は4月1日から業務を再開しました。5月には被災した事務所も復旧しましたが、細かい砂は狭い場所にも入り込んでいたため、時間が経ってからも至る所から砂が出てきたのだそうです。

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