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企業レポート 被災地で頑張る加工屋さんをご紹介します

震災を機に「株式会社」を立ち上げ

陸前高田市における東日本大震災の死者・行方不明者は、岩手県内最多となる1800人以上。海抜の低い市街地では津波の浸水高が15メートルを超えた場所もあり、元の形を残した建物は一つもありませんでした。

▲ 陸前高田市の「奇跡の一本松」は被災地の象徴にもなっている

▲ 陸前高田市の「奇跡の一本松」は被災地の象徴にもなっている

地震発生当時、あんしん生活では2つの作業場で14人の人たちが働いていました。市街地中心部にいた津田さんは、大きな揺れがあった後、すぐに作業場へと向かいました。そこで全員の無事を確認し、各自で避難をしてもらいましたが、その避難経路によって明暗が分かれてしまいました。すぐに高台に避難した人たちは無事でしたが、家族を迎えに行くなどして逃げ遅れた3人の方が亡くなり、1人が行方不明となってしまったのです。

助かった人たちもすぐには元の生活に戻れませんでした。陸前高田市では5月まで電気が復旧せず、市庁舎が全壊したために行政機能もマヒしていました。通信も途絶え、道路は瓦礫だらけで移動もままならず、住民は完全に孤立してしまったのです。

「NPO法人の立ち上げを支援してくれた元請け会社の社長は津波にのまれて大ケガをし、工場も流出しました。再起をかけてみましたが、やはり継続は困難で、会社をたたむことに。私たちが事業の一部を引き継ぎ、使える機材などを譲ってもらいましたが、販路は自分たちでゼロから開拓しなければなりませんでした」

元の場所には新しい工場を建てられないため、あんしん生活は岩手県と宮城県の県境近くにある陸前高田市気仙町の水産加工団地に場所を移しました。しかし元請け会社を失ったことから仕事もなくなったため、津田さんはある決断をします。NPO法人の運営を続けながら、新たに「株式会社あんしん生活」を立ち上げることにしたのです。

「決断といっても、県と市と従業員のために復興に向けて前へ進むことだけを考えました。『みんなで陸前高田を盛り上げていこう』と言われて、私もその気になりました。実際はそんなに簡単な話ではありませんでしたけどね」

こうして2012年10月、株式会社あんしん生活が設立され、新しい工場が完成した2013年秋から本格的に事業が始まりました。現在津田さんは、終身雇用の場としてのNPO法人を運営しながら、会社経営を行っています。

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