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企業レポート 被災地で頑張る加工屋さんをご紹介します

震災後、仮事務所で営業を続けた理由

臼井さんが東日本大震災で被災したのは、地元に戻ってきた2年後のことでした。気仙沼湾の湾奥部に工場を構える福寿水産の付近では、津波の遡上高が9メートルを超えました。

「まず津波が来ることが頭に浮かんだので、会社の裏にある高台へ社員みんなで避難しました。ただ、工場は全壊し、私たち自身も家を失い避難生活を余儀なくされました」

▲ 津波から2日後に撮影された写真のパネルと臼井さん

▲ 津波から2日後に撮影された写真のパネルと臼井さん

そんな状況でも3月のうちには会社を再建する方針を決め、会社の近くに仮事務所を構えました。そして3月20日前後には、金融機関の協力も取り付け、仕入先に対しては、継続して取り扱わせてほしい旨を伝えていたそうです。

「仕入先とのつながりが一旦切れてしまうとその業者は別の販売先を見つけるため、仕入れるルートが途絶えてしまいます。途切れたルートを取り戻すのは容易ではありません。大変な時間と労力を要するので、あえて工場に近い場所に事務所を構えて24時間再建のことだけを意識し続けました」

とはいえ、全壊した工場で加工作業を行うことはできません。まだ状況の落ち着いていない4月の初めに、ぼこぼこの東北道を高速バスで上京して営業に回ることもあったそうです。

改築が遅れに遅れ、新しい工場の完成は2012年6月。震災から1年3カ月が経っていましたが、震災後にいったん会社を離れた従業員の多くが、福寿水産に戻ってきてくれました。手作業で行われるフカヒレの加工において、熟練の職人はなくてはならない存在なのです。

▲ ヒレ表面の皮を丁寧に削ぎ落としていく

▲ ヒレ表面の皮を丁寧に削ぎ落としていく

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