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企業紹介第87回宮城県株式会社 MCF

「魚屋さん以上、大手工場未満」でスキマを狙う

「大きな地震があった後、すぐに従業員を帰らせました。でも私はというと、工場に残って、のんきにマグロを冷凍庫に仕舞っていました。悪くしてしまってはいけないな、と思い……」

東日本大震災当日をそう振り返る、宮城県気仙沼市のMCF社長、千葉豪(たけし)さん。当時、同社の工場は、道路を挟んで目の前が海という場所にありました。

命からがら津波から逃れたMCF社長の千葉豪さん
命からがら津波から逃れたMCF社長の千葉豪さん

「停電のため車載テレビの映像を見ていたので、気仙沼にも来るだろうな、とは思っていました。それでも床上浸水くらいだろうと甘く考えていたこともあって、マグロの他にも、フォークリフトや車を周りよりも少し高い場所に移動させていました」(千葉豪さん、以下「」内同)

千葉さんがようやく危機感を持てたのは、その後に続いた強い揺れで工場の天井が抜けた時でした。

「これはまずいと思って、事務所の通帳を持って急いで避難しました。海を見ると、これまで見たこともないくらいに潮が引いていた。これは大きな津波が来ると思い、海沿いに車を走らせましたが、渋滞していたので引き返して別の道から山に向かいました。しかしその道でも、私は渋滞の最後尾になりました」

その時千葉さんの目には、津波が川を逆流している様子が見えていました。津波がすぐ背後まで来ているという状況で、千葉さんは決断をします。

「渋滞はしていても、海に降りてゆく反対車線は車がまったく走っていませんでした。普段ならやってはいけないことですが、津波にのまれるかどうかという切迫した状況だったので、反対車線を駆け上がりました」
千葉さんが車を停めて山から街を見下ろすと、ゴーッという轟音とともに、水しぶきが空に舞い上がっていました。街はいつもとは全く異なる景色に変わり、自分の工場がどこにあるかも分からないほどでした。

「工場ごと流されてしまったので、津波の後は片付けするものも特にありませんでした。その工場は自宅兼工場でもあったため、私は住む場所も失い、しばらくの間は仮設住宅での生活を余儀なくされました」

自社製品の比率を上げて売上回復を図る

震災から1カ月後、千葉さんは山あいにある工場を知人から借りて事業を再開しました。15人いた従業員は5人だけに。規模を縮小せざるを得ませんでしたが、それから2年後、千葉さんは新しい工場を建てます。

「資金は不足していましたが、無借金経営だったことが幸いして、建設費や機材費、運転資金の融資がスムーズに受けられました。海の近くに新しい加工団地ができるという話は聞いていましたが、それがいつになるのかはわからないので、結局海から離れた山沿いの場所に建てました」

現在の地に工場を建てたことで津波の心配はなくなりましたが、周りには田畑も多いため、排水には以前よりも気を遣うようになりました。千葉さんの工場では排水をそのまま流すのではなく、ポンプで汲み上げて田畑のほうに流れないように配慮しています。

MCFの社名の由来は、千葉さんの父親がかつて経営していた水産加工会社の屋号「丸舞」から。丸舞(M)、千葉(C)、ファクトリー(F)と、それぞれの頭文字を取っています。

「2008年に起業し、2010年に会社を設立しました。震災まで、仕事は順調でした。当時は中国の食品問題が大きく取り沙汰されていて、『食べるものは日本で作ったほうがいいんじゃないか』という風潮がありました。当社はその流れにうまく乗れていたのです。工場では主に、サンマフライやアジフライ、イカリングなど、スーパーに並ぶフライ製品の下請け加工として粉付けの作業を行っていました」

震災により売上は激減しましたが、その後自社製品の比率を高めるなどして売上回復を図っています。

ショッピングサイト(後述)や大手デパートなどで販売している毛ガニ
ショッピングサイト(後述)や大手デパートなどで販売している毛ガニ

「震災前は、ほとんどが下請けの仕事でしたが、震災後は自社製品も積極的に手がけるようにシフトしました。最近はタコやカニの加工も始めました。気仙沼では毛ガニが結構取れるけれど、大手が手を出せるほどの量はないので、うちの規模でも買えるんです。今も竜田揚げ製品を中心に下請けの仕事は受けていますが、自社製品比率は4割ほどまで高まり、その売り上げも順調に伸びています」

生き残るために、他がやらないこと、難しいことをやる

現在、MCFの従業員は震災前を上回る22名。しかしその数字は年々減っているものだといいます。

「従業員は一時的に増えましたが、高齢で辞めていかれる方も多く、震災前から残っているメンバーは2人だけになりました。今は求人広告を出しても連絡すら来ないような状況です。人手が足りず、注文を受けたくても受けられないこともあります」

そこで千葉さんは、販路回復取組支援事業の助成金を活用し、少人数でも自社の特色を活かせるフィーレマシンを導入しました。

さまざまな魚種の加工に対応できるフィーレマシン
さまざまな魚種の加工に対応できるフィーレマシン

「水揚げの多い魚では大手に勝てないので、当社は小ロットで多品種を扱っています。魚屋さん以上、大手工場未満、といったところでの勝負です。一般的なフィーレマシンは、サンマならサンマ用、サバならサバ用というように魚種に特化していますが、私たちが導入させていただいたフィーレマシンは特定の魚種に特化したものではなく、中型サイズのものであれば魚種が異なってもさばけます」

たとえば近年小型化しているサバも、同社が導入したフィーレマシンであれば柔軟に対応が可能です。

多くの魚種に対応できるのはこの機械のメリットといえますが、MCFが扱う魚は日によって異なるため、頻繁に設定を変える必要もあります。

「同じ大きさの魚を大量に加工するのであれば、一度機械の設定しておけば、しばらくそれを変える必要はありません。しかしうちは大手が扱わないような規格外の魚を扱うことも多いので、機械の設定を変える頻度も自ずと多くなります」

機械の設定まで自ら行う千葉さんは、経営者でありながら職人肌なところもあります。「生産効率では大きな設備を持つ会社に勝てないので、誰もやっていないこと、難しいことをやっていくことが自分たちの生きる道」と話す千葉さんは、職人技が求められる穴子の加工も始めました。

技術が必要なアナゴ加工は千葉さん自ら行っている
技術が必要なアナゴ加工は千葉さん自ら行っている

「穴子の加工は全部自分がやっています。知り合いの社長にお願いして、その技術を2年がかりで教わったのです。調味液も、地元の酒と醤油を使うなど、地産のものにこだわっています」

同郷の仲間とともに地域活性化にも尽力

千葉さんは2016年に、経営についてより深く学ぼうと、東北のリーダー育成のために設立された「東北未来創造イニシアティブ」の「人材育成道場」の門をたたきました。そこで出会った年齢の近い同郷の水産業従事者らとじっくり話をしてみて分かったのは、地域に対する問題意識がそれぞれ共通していたということ。千葉さんは同じ人材育成道場に通っていた仲買人、ワカメ漁師とともに、地元の水産物や加工品をPRし販売もする『三陸未来』というショッピングサイトを2017年11月に立ち上げました。

展示商談会での『三陸未来』のブース
展示商談会での『三陸未来』のブース

「仲買人と漁師、そして水産加工の私で、それぞれ自分たちの強みを生かして同じショッピングサイトを運営しています。現在は自分たちの製品をサイトで販売したり、三陸未来の名前で展示会に参加したりしています。後々はこの3人で、飲食店なんかも開いてみたいですね。直営店があれば、自分たちのモノを少量からでも売れるし、消費者の声も直接聞ける。もちろん、どこよりもおいしいものを出せる自信もありますよ」

MCFとしては、今後は営業力の強化が鍵になるという千葉さん。現在、自らも営業活動をしていますが、新しく営業担当社員を入れて販売網を増やしていきたいといいます。

「隙間を狙っていくためには、営業力が必要です。今後は物販も増やそうと思っています。催事などで自社で加工したカニやアナゴの製品を対面で売ってみたいですね」

自社製品の中でも期待が大きいのは毛ガニ。「来年の春はもうちょっと気合いを入れて仕入れようかな」と、シーズンを心待ちにしています。

株式会社 MCF

〒988-0173 宮城県気仙沼市赤岩長柴20-4
自社製品: 煮ダコ、煮アナゴ、毛ガニ、各種フライ・竜田揚げ製品

※インタビューの内容および取材対象者の所属・役職等は記事公開当時のものです。