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企業レポート 被災地で頑張る加工屋さんをご紹介します

販路喪失からの再出発

「父は工場の脇で津波にのまれてしまい、行方不明になりました。工場は1階部分の海側の壁が破壊されて、機材も流されてしまいました。仕入れたばかりのワカメとメカブも数トン分流されました。私たちは近くの公民館で夜を明かして、翌日から父を捜しましたが、捜索は難航しました」

震災から最初の1カ月は、証越さんの捜索と並行して、従業員の安否確認、工場の被害状況の確認にも追われました。水も電気も復旧していない。ガソリンもない。携帯電話も壊れて親戚とも連絡が取れない。そんな中、工場の片付けを少しずつ進めながら、今後のことも決めていかなくてはなりませんでした。

「最初は廃業も考えましたが、お客様、従業員、親戚の励ましやご支援もあり、きょうだいで話し合って、またやろうか、となった。私は三男ですが、きょうだいの中でいちばん業界歴が長いこともあって、父の後を継いで社長になりました。会社のこともやりながら、父のことはずっと捜していたのですが、8月になって遺骨の一部が見つかりました」

及川さんは、買い付けに関しては証越さんから引き継いでいましたが、それ以外のことはほとんど分からなかったそうです。特に困ったというのが販路の喪失。販売先とのやり取りは証越さんが一人で担当していたこともあり、誰も分からない状況。パソコンも津波に流されたため、顧客情報の大半が喪失してしまったのです。

「一部のお客様とは連絡がつきましたが、震災から1年が経っており、基本的には自分たちで一から販路を見つけなければなりませんでした。社長になったといっても経営経験がなかったので、銀行の担当者の方にいろいろとご指導いただき、やりながら覚えていったという感じです」

震災から1年後、メカブの一部のラインがようやく復旧。震災前に40人いた従業員は半分以下となり、規模を縮小しての再スタートでした。

「今回の津波の教訓は、いくら高い場所でも、地形によっては津波はどこまでものぼってくるということ。テーブルに水をこぼした時に、障害物があるところは壁にぶつかってそこだけ水が高く上がりますよね。それと同じように、高い場所にあるこの工場にも津波が一気に来て、一気に引いていった。10メートルの津波が来ている時に、20メートル以上の高さにいるからといって安心はできないんですね」

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