福島県いわき市小名浜港からほど近い場所で、1960年に創業した有限会社上野台豊商店。会社名は、創業者のお名前。現代表取締役社長の上野臺優(うえのだいゆたか)さんの祖父にあたります。創業当時はイワシの丸干しなどを中心に製造、販売。その後生鮮サンマの出荷にシフトしました。
上野臺さんが家業に従事するようになったのは、23歳の時のこと。大学卒業後、名古屋の水産業社で修業のため働いていましたが、1999年に二代目の父・和雄さんが急逝したため、和雄さんから代表取締役を引き継いだ母・恵子さんとともに、若くして家業を担うことになったのです。地元に戻ってからは、従来からの生鮮サンマ出荷事業を主軸に、シーズンを通して一番脂肪分が多くおいしいサンマを安定提供するため、漁場、水揚げ時期にこだわり、徹底した温度管理、衛生管理で最上の商品づくりに励んできました。
鮮度にこだわってすばやい作業と徹底した温度管理のもと、旬のサンマを加工している
そこに起きた2011年の東日本大震災。本社兼工場および自宅には、2mを超える津波が押し寄せ全壊してしまいます。
「現在、メインに使用している吹松工場も機械が倒れたりなどの被害がありました。1カ月半水道が止まったので工場再開ができたのは、水道が復旧してからです」
それでも再開当初は商品の流通はできていたそうですが、約半年後に風評被害の影響が顕著に出始め、三陸や東北、北海道など他の地域が復旧し始めたのと相反して、商品の販売がストップし、売り先も失ってしまったと言います。
そして震災の年に、上野臺さんは代表取締役に就任。その当時の決意についてこう話します。
「生鮮魚を販売する場合は、どこで水揚げされたかという点が大きく影響を受けます。福島県の小名浜港しか水揚げされないという魚であれば、比較的流通もスムーズですが、サンマは競合地域も多いので厳しいですね。でも、いわゆる原発事故の風評被害のせいにはしたくない。『常磐もの』が欲しいというお客様を増やすブランディング、商品力のある新製品を開発しなければ、と思いました」
近年、これまで主力商品だったサンマの不漁や小型化が続き水揚げ量は減少しています。これまで小型のサンマは、養殖用の餌に加工してきましたが、揚がった資源すべてを活用できるような商品ができないか、と考え生まれたのがサンマのすり身を使った「ポーポー焼き」をはじめとした小名浜の郷土料理の加工商品です。
「揚がった魚をすべて無駄にせず、サンマの味で勝負したい。すり身ならそれができるのではと。地域の食文化を知ってほしいという思いもありました」
さらに取り組んだのが、小名浜港に揚がるサンマ以外の魚種、サバ、イワシなどの活用です。地元ではこれらの魚は旬の季節に限った生食中心の食文化で、消費量も多くありませんでした。
「サバやイワシが小名浜港に揚がっていることも、あまり知られていなかったと思います。水揚げ量を増やすには、まずは地元の人に食べてもらわないと。地元の人のニーズを知らないといけないと思ってマーケティングから取り組みました」
いわき市、小名浜港エリアの水産加工業に携わる人は同じ課題を抱えているはず。そう思った上野臺さんは、自ら地元の水産加工業者に連携を呼びかけました。さらに、いわき市が全国平均よりも脳梗塞、心筋梗塞など成人病の発症率が高いという現状をふまえ、いわき市の高齢者福祉の担当課にも働きかけ、地域の課題を共有します。商品開発のため、量販店のほか、老人介護施設、魚好きが集まる飲食イベントなどで、アンケートを実施、コンサルタントからのアドバイスを受けながら、ニーズの把握に努めました。その結果、魚を食べたくても調理に時間がかけられない、個食ができ、利便性、簡便性の高いものが求められていることがわかったそうです。
「もともと味付けが濃い地域なんです。それが健康リスクをあげている原因のひとつだと。青魚に含まれるDHA・EPAは動脈硬化を防ぎ、成人病リスクを下げると言われています。小名浜港にあがる青魚を使えば、鮮度はよく、輸送コストもかかりません。手軽に食べられるような加工度の高い商品をつくり、魚を食べてもらうことで、地域の人の健康増進にもつなげる。地域も水産業も活性化させることを目指し、プロジェクトを立ち上げました」
2018年6月に始動した同プロジェクト。青魚の「あお」、医療・福祉の「い」、地域の「ち」を連動させる=「あおいちプロジェクト」と名付けた取り組みには、上野臺さんが中心になって声がけした地元水産業6社のほか、地元で店舗をもつシェフ、料理家、管理栄養士らが参画、商品・レシピづくりに取り組みます。
青魚が健康増進につながるということを調査するため、医師監修のもとモニターテストも実施しました。これは、30人のモニターを募集し、半年間、週に4食青魚を食べてもらい、中性脂肪や体重の変化を見るというもの。
運動やほかの食事や生活習慣の関連もあるため、青魚の食事が直接関係しているかは実証できませんが、モニターに参加した8割の人に中性脂肪、体重減少が見られたということです。
高齢者をはじめとした地元でのマーケティングや健康効果へのモニターテストの結果を踏まえ、家庭で生ごみが出にくい利便性の高い調理済み商品、長期常温保存できる商品、そして健康増進へとつながる商品、というコンセプトが決まりました。そして、本格的に新商品開発を進めるため、販路回復支援事業を利用して2018年秋に導入したのが、レトルト殺菌器です。
加工品製造のために導入したレトルト殺菌器(左)とトレイセット(右)
震災前まで生鮮魚の出荷が売り上げの85%を占めていた同社にとっては、震災後に失われた販路を新しく開拓するために、どうしても必要な機器でした。
「地元の料理人がつくる出来立てのおいしさを、どう忠実に再現するか。そこが一番難しかったですね。魚屋だけで考えると、大きくて脂ののった魚がいいに決まっているという先入観がありました。コンサルティングを受けたおかげで、売れ筋やパッケージのデザインなど、客観的な意見を聞くことができてとても有意義でした」
約4カ月の間、試作と改善を重ねて2019年3月までに「さんまのイタリアンハンバーグ」、「さばのトマトソース」、「毎日のさば味噌煮」などの商品化と販売を実現。現在はオンラインショップ、土産店、百貨店や観光施設などで販売しています。現在、同商店の売り上げ構成比のうち、加工品は約35%に増加。震災前にはほぼゼロだった新たなニーズ、販路先の掘り起こしを確実に進めています。
あおいちプロジェクトでは、商品を使ったレシピを「あおいち健康レシピ」として同商店のウェブサイトブログで発信したり、いわき市の観光課などと協力してイベントや物産展への出店などを精力的に行い、地域の健康と商品づくりをつなげる取り組みを続けています。
今後は、いわき市の魚でもあるメヒカリを使った加工食品の開発に取り組んでいきたいと、さらなる商品開発にも意欲的な上野臺さんですが、課題は労働力の確保だとも言います。
「労働力を安定させるためには機械化が必須です。ただ、自分たちだけで課題を解決しようと思うと、先入観にとらわれてしまうこともあります。あおいちプロジェクトのように、人が集まれば知恵が集まります。そこから生まれるもので、もっと地域を元気にしたいですね」
風評被害のせいだとは言っていられないと奮起した、現在、43歳の若き社長。「商品づくりは地域づくり」という思いが形になり始めています。
「一人ではできないことも、同業者、異業種、地域で連携すればできる」と上野臺さんが立ち上げた「小名浜あおいちプロジェクト」は、各地域で奮闘する中小規模の水産加工従事者にとって大きなヒントになると感じました。
有限会社上野台豊商店
〒971-8101 福島県いわき市小名浜字辰巳町33-2(本社)〒971-8101 福島県いわき市小名浜字吹松3-8(工場) 自社製品:サンマ(鮮魚)、サンマ加工品、サバ加工品 ほか
※インタビューの内容および取材対象者の所属・役職等は記事公開当時のものです。