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企業レポート 被災地で頑張る加工屋さんをご紹介します

第168回千葉県松岡水産株式会社

「サバの味噌煮は、環境問題に貢献できる」
魚総菜のパイオニアが銚子から発信するSDGs

銚子漁港を目の前にした海沿いの地に本社工場を構える松岡水産株式会社。サバ、サワラなどの煮魚、焼き魚などの加工商品を主力に、スモークサーモン、サーモンのサラダ用加工品などをスーパー、生協、コンビニエンスストアなどに販売しています。

同社は、松岡米次郎(よねじろう)さんによって明治36(1903)年に創業。当時は、前浜で揚がるマイワシを使った魚肥製造を行っていたそうです。その後、さくら干し、鰹節製造なども行っていましたが、昭和30(1955)年に冷凍冷蔵工場を建設後は、主に銚子で揚がったイワシ、サバを冷凍、加工原料として販売する事業形態をとっていました。

創業当時は、銚子に揚がるマイワシを使った魚肥製造を行っていた
▲ 創業当時は、銚子に揚がるマイワシを使った魚肥製造を行っていた

四代目となる現在の代表取締役社長、松岡良治(りょうじ)さんが入社したのは昭和57(1982)年、大学卒業後22歳の時でした。当時の従業員数は30~40人、経営状況は芳しくなく、ちょうど銚子港の水揚げが少なくなっていた時期であったことも重なり、松岡さんはこれまでのような水揚げ量によって会社の売上が左右されてしまう、いわゆる「前浜商売」からの脱却を図るため動き出します。

昭和63(1988)年には、スモークサーモンの製造を開始。平成に入り松岡さんは、女性の社会進出が進み家事負担を軽減する商品のニーズが高まっていくことに着目します。そこで新たな事業展開の柱とするため、取り組んだのが、加熱・味付け済みで封を開ければすぐに食べられ、日持ちもする簡便商品の開発でした。

松岡水産株式会社代表取締役社長の松岡良司さん。従業員の福利厚生、働きやすい環境づくりにも精力的に取り組む
▲ 松岡水産株式会社代表取締役社長の松岡良司さん。
従業員の福利厚生、働きやすい環境づくりにも精力的に取り組む

「昭和の後半、核家族化が進んではいましたが、三世代が一緒に住む大家族も健在でした。その時代は、素材を買って家で大量に調理することに合理性があったのですが、平成に入り核家族化に加えて、個食化が進んでくると、家での大量調理に合理性がなくなってきたという背景があるんですね」(松岡さん)。

試行錯誤を重ね遠赤外線真空調理法という製法を開発、平成2(1990)年に販売を開始した「サバの味噌煮」が生協で大ヒットとなったのです。

平成初頭から、松岡さんとともに簡便商品の開発に取り組んできた常務取締役の鴨作宏幸さんは、次のように続けます。

「当時、加熱調理済み水産加工品はまだ缶詰ぐらいでした。缶詰は、骨をやわらかくするのに一般的に125℃の高温で加熱します。そうすると魚の風味が変わってしまう。当社の遠赤外線による調理法では、100℃未満で加熱します。つまり、家庭のお鍋で煮るのと同じ加熱温度なので、家庭と同じ食感、味に仕上げることができます。その点もお客様に評価されたポイントだと思います」(鴨作さん)

平成初頭から松岡さんとともに簡便商品の開発、製造、営業に取り組んできた常務取締役の鴨作宏幸さん
▲ 平成初頭から松岡さんとともに簡便商品の開発、製造、営業に取り組んできた常務取締役の鴨作宏幸さん

その言葉どおり「サバの味噌煮」は、しっとりふっくらしていて、家庭もしくは和食料理屋での作り立ての味そのものです。

既存しない形態の商品を売り出すのには、営業面でのハードルも高かったのではと想像しましたが、松岡さんは「競合がない状態だったのでやりやすかったですね」と話します。この商品の独自性を消費者にわかりやすく伝えるのに、生協でのカタログ販売が功を奏したそうです。

「スーパーなどでは、加熱調理済みの商品を扱う棚がまだなく、粕漬け、味噌漬けなど漬け魚の隣にただ置かれるというケースが多かったんです。生協では『封を開ければすぐに食べられる』『調理は不要』とカタログにうたうことができます。そのおかげでこれまでにない商品でしたが、一気に販売につながりました」(鴨作さん)。

今ではスーパーやコンビニなどにも「調理済み」「魚惣菜」というカテゴリーが設けられていますが、当時は存在しません。味と品質、個包装、さらにその商品を工場で大量生産できる供給力を整えることで、同社は魚の調理済み簡便商品製造のパイオニアとして、マーケットを切り拓いたと言えるでしょう。

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