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企業紹介第163回千葉県松岡水産株式会社

「サバの味噌煮は、環境問題に貢献できる」
魚総菜のパイオニアが銚子から発信するSDGs

銚子漁港を目の前にした海沿いの地に本社工場を構える松岡水産株式会社。サバ、サワラなどの煮魚、焼き魚などの加工商品を主力に、スモークサーモン、サーモンのサラダ用加工品などをスーパー、生協、コンビニエンスストアなどに販売しています。

同社は、松岡米次郎(よねじろう)さんによって明治36(1903)年に創業。当時は、前浜で揚がるマイワシを使った魚肥製造を行っていたそうです。その後、さくら干し、鰹節製造なども行っていましたが、昭和30(1955)年に冷凍冷蔵工場を建設後は、主に銚子で揚がったイワシ、サバを冷凍、加工原料として販売する事業形態をとっていました。

創業当時は、銚子に揚がるマイワシを使った魚肥製造を行っていた
創業当時は、銚子に揚がるマイワシを使った魚肥製造を行っていた

四代目となる現在の代表取締役社長、松岡良治(りょうじ)さんが入社したのは昭和57(1982)年、大学卒業後22歳の時でした。当時の従業員数は30~40人、経営状況は芳しくなく、ちょうど銚子港の水揚げが少なくなっていた時期であったことも重なり、松岡さんはこれまでのような水揚げ量によって会社の売上が左右されてしまう、いわゆる「前浜商売」からの脱却を図るため動き出します。

昭和63(1988)年には、スモークサーモンの製造を開始。平成に入り松岡さんは、女性の社会進出が進み家事負担を軽減する商品のニーズが高まっていくことに着目します。そこで新たな事業展開の柱とするため、取り組んだのが、加熱・味付け済みで封を開ければすぐに食べられ、日持ちもする簡便商品の開発でした。

松岡水産株式会社代表取締役社長の松岡良司さん。従業員の福利厚生、働きやすい環境づくりにも精力的に取り組む
松岡水産株式会社代表取締役社長の松岡良司さん。
従業員の福利厚生、働きやすい環境づくりにも精力的に取り組む

「昭和の後半、核家族化が進んではいましたが、三世代が一緒に住む大家族も健在でした。その時代は、素材を買って家で大量に調理することに合理性があったのですが、平成に入り核家族化に加えて、個食化が進んでくると、家での大量調理に合理性がなくなってきたという背景があるんですね」(松岡さん)。

試行錯誤を重ね遠赤外線真空調理法という製法を開発、平成2(1990)年に販売を開始した「サバの味噌煮」が生協で大ヒットとなったのです。

平成初頭から、松岡さんとともに簡便商品の開発に取り組んできた常務取締役の鴨作宏幸さんは、次のように続けます。

「当時、加熱調理済み水産加工品はまだ缶詰ぐらいでした。缶詰は、骨をやわらかくするのに一般的に125℃の高温で加熱します。そうすると魚の風味が変わってしまう。当社の遠赤外線による調理法では、100℃未満で加熱します。つまり、家庭のお鍋で煮るのと同じ加熱温度なので、家庭と同じ食感、味に仕上げることができます。その点もお客様に評価されたポイントだと思います」(鴨作さん)

平成初頭から松岡さんとともに簡便商品の開発、製造、営業に取り組んできた常務取締役の鴨作宏幸さん
平成初頭から松岡さんとともに簡便商品の開発、製造、営業に取り組んできた常務取締役の鴨作宏幸さん

その言葉どおり「サバの味噌煮」は、しっとりふっくらしていて、家庭もしくは和食料理屋での作り立ての味そのものです。

既存しない形態の商品を売り出すのには、営業面でのハードルも高かったのではと想像しましたが、松岡さんは「競合がない状態だったのでやりやすかったですね」と話します。この商品の独自性を消費者にわかりやすく伝えるのに、生協でのカタログ販売が功を奏したそうです。

「スーパーなどでは、加熱調理済みの商品を扱う棚がまだなく、粕漬け、味噌漬けなど漬け魚の隣にただ置かれるというケースが多かったんです。生協では『封を開ければすぐに食べられる』『調理は不要』とカタログにうたうことができます。そのおかげでこれまでにない商品でしたが、一気に販売につながりました」(鴨作さん)。

今ではスーパーやコンビニなどにも「調理済み」「魚惣菜」というカテゴリーが設けられていますが、当時は存在しません。味と品質、個包装、さらにその商品を工場で大量生産できる供給力を整えることで、同社は魚の調理済み簡便商品製造のパイオニアとして、マーケットを切り拓いたと言えるでしょう。

東日本大震災で冷蔵庫が損傷。
風評被害で主力商品の一つが売上ゼロに

2011年の東日本大震災では銚子も大きな揺れに見舞われ、同社で所有する冷蔵庫のうち、3000トンの保管能力がある冷蔵庫の防熱が損傷します。多額の修繕費用が発生するため、震災後数年は損傷したまま使用していたものの、凍結・保管能力が著しく減少、使用電気量が徐々に上がっていく状態に。そのため、震災から数年後、被害の大きかった冷蔵庫使用の中止を余儀なくされました。

また、原発事故による風評被害の影響で、震災前主力商品だったサーモンの定塩フィレの取引先が、西日本の業者に変更になり販路を失います。震災前に約15億円あった売上が、震災後の2~3年でゼロになってしまったのです。

一方で、震災で物流がストップし大型スーパーなどでは物資不足に陥り、コンビニでお惣菜が売られている利便性が注目されるようになります。それに伴ってコンビニでの惣菜・簡便商品市場が急激に成長、同社への簡便商品の注文が急増しました。

しかし、簡便商品の煮魚、焼き魚部門は細かい作業が多く人手が必要となりますが、かねてからの人手不足に加えて、同社では適正な労働時間と有給休暇取得の推進など働き方改革にも同時に取り組んでいたため、作業の効率をアップさせる生産ラインの構築が急務でした。

同社ではこれまで、製品を凍結する際、冷凍室のなかに製品をのせたパン(トレー)やラックを入れ凍結する『バッチ式』といわれる方法をとっていました。そのため、凍結の工程が終わると人力で台車ごと移動して次の梱包の工程へ運ぶ必要があったのです。このやり方では、作業動線にも無駄がある上、人手が必要となるため、限られた人員では生産量が伸び悩み、増加する注文に対応しきれない状況が続きました。

「既存設備に建て増す方法で、ラインを増築すると、第1工場、第2工場とラインが分散してしまいます。製造業では、工程の中で人が作業に関わる回数が増えるたびに生産コストが上がっていきます。品質と生産性を上げるために、工場を1カ所に集約する必要があったのです」(松岡さん)

そこで、震災での被害もあって2017年頃から使用を止めていた冷蔵庫を改修し、生産ラインを1カ所に集約するプランを構想します。その後2020年に着工。2022年3月に完成となりました。

トンネルフリーザーの導入で生産力向上、
省人化、電力の削減が可能に

生産ラインを1カ所に集約するため、既存の冷蔵庫を改修してつくられた新工場に導入されたのが、「トンネルフリーザー」です。

「トンネルフリーザーを導入したことで、従来は一晩かけて凍結させていたものが、30分に短縮されました。魚の身質を維持するには、冷凍する過程で、氷結晶が大きくなりやすい温度帯をいかに速く通り抜けられるかが大切です。凍結時間を短縮することでドリップの少ない高品質の製品を製造できるようになりました」(鴨作さん)

現在、同社の主力商品である「サバの味噌煮」を凍結した場合、機器導入前では1日に3,600パックの製造だったものが4,500パックまで向上、生産ラインの流れが向上し、生産効率が従来比125%となりました。また、同じ工程の製造ラインに従来15~6人が従事していたところ、8~9人に省人化が図られました。

「寒い冷蔵庫内に入って台車を出し入れする作業もなくなるので、従業員の労力も身体も楽になったと思います。製造ラインの中にこのトンネルフリーザーを組み込むことで、作業中の交錯もなくひとつの線のようにつながる理想的なレイアウトにすることができました。働きやすい環境づくりも、トンネルフリーザー導入の目的の一つでした」(松岡さん)

同社は、従業員のための食堂を備えており無料でランチを提供しています。自社製品のほかカレーなどが人気だとか。

「当社には、一人暮らしをしている若い方が大勢います。ランチの無償提供は当社を支えてくれている従業員に温かい食事を一食でも提供したいという福利厚生の一貫です。仕事の定着率、ひいては品質の向上にもつながると考えています」(松岡さん)

さらに、トンネルフリーザーの導入は、現在直面している新たな困難に対応するためにも役立っているそうです。

「ウクライナ情勢の影響を受けた電力の値上げです。電気代は昨年、15円/kwhだったものが2022年10月現在、32円/kwh。当社では、昨年より500万円電気代が上がりました。従来器機では一晩かけて凍結させるため、24時間動かしている必要がありましたが、トンネルフリーザーが導入された今は8時~18時の稼働時間以外は電気をオフにすることができます。この点が今、非常に大きなメリットになっています」(鴨作さん)

トンネルフリーザーの導入で急速冷凍が可能になり生産性と品質の向上が実現した

トンネルフリーザーから出てきたらすぐに箱詰めすることができるようになった。無駄のない生産ラインが整い工場の衛生面もアップ。新工場を見学に来た取引先からも「ここなら安心」という声が聞かれるそう

気候変動、食料問題解決のためにも魚食を。
魚食文化を守り、海外にも伝えたい

鴨作さんは、既存の工場ですでに取得しているHACCPを新工場でも早期に取得したいと話します。さらに、昨今の円安にも対応するためEUの施設認定を受けて、輸出強化を今後の課題としているそうです。

「煮魚、焼き魚を海外に広めていきたいです。輸出先は米国が中心になりますが、EU域内での輸出にもチャレンジします。輸出向けに味の改良も必要になってくるので、勉強ですね」(鴨作さん)

「現在は、ベトナムをはじめとした海外で原料の加工、骨とり作業を行っていますが、今後2023年3月をめどに自社加工に切り替えていく予定です」(松岡さん)

骨とりなどの高度な加工技術は、1988年に販売したスモークサーモンの加工を自社で続けていたからこそできるノウハウです。

松岡さんは、魚食、とくにサバなど近海でとれる青魚が環境にいい、という点をPRしていきたいと話します。

同社を含む全銚子市水産加工業協同組合加盟のうちの4社が、東京大学大学院農学生命科学研究科に、水産物に関するCFP(カーボンフットプリント)※の数値の計測を依頼。

※Carbon Footprint of Products の略称で商品の原材料調達から廃棄・リサイクルに至るまでを通して排出される温室効果ガスの排出量を CO₂に換算して、商品に表示する仕組みのこと

「青魚は、あらゆる動物性たんぱく質のなかで温室効果ガスの排出量が最も少ないと言われています。牛、豚などの家畜は年単位で穀物を与えるという時点で環境負荷がかかり、加えてゲップも温暖化の要因の一つであるメタンガスを排出します。一方、銚子のサバは、近海の漁場までの燃料のみ。水揚げのトン数で割ると、温室効果ガスの排出量はとてつもなく低く、今回の調査では、控えめに見積もってもCFPは牛肉の50分の1となることが分かりました」

その結果を得た松岡さんは、魚食が環境負荷の軽減をはじめ、世界の抱える課題解決に貢献できるという思いを強くしているそうです。

「たとえば大規模農業によって原材料をまかなうファストフードは刹那的な欲求は満たしますが、長期的に見ると環境に与える負荷が大きいですよね。ファストフードを食べる習慣を、1食でもサバの味噌煮に切り替えたら、温室効果ガスの排出は大きく削減できるのではないかと思っています」

松岡さんが、魚食文化が気候変動問題に貢献できると考え始めたのは、10年ほど前。

「当時は話してもだれも聞いてくれなかったんですが(笑)、SDGsが一般に広く問われるようになって、ようやく声を大にして言えるようになりました。アフリカなどでの食料不足による飢餓は政情不安も招き、紛争、難民問題の引き金にもなっています。その遠因になっているのは、気候変動や先進国・新興国の食べ物でもあるんですね。この悪い循環を、私たちの食生活で変えていきましょう、と国内外に伝えていきたいと思っています」

一人一人の食卓から、環境問題はじめ人類の課題に思いを至らせる。それはとても大きな気づきでした。銚子の青魚を通して取り組むSDGs。魚食文化、魚総菜は、今後大きな役割を担っていくのではないかと感じました。

調理済み、骨とり、1切ずつ個包装にしたヒット商品「赤魚菜シリーズ さば味噌煮」。
調理、家事負担、増える個食、骨が苦手という魚食離れの要因をすべて解決するヒット商品

松岡水産株式会社

〒288-0001 千葉県銚子市川口町2丁目6343番地
自社製品:サバ、サーモン、赤魚などの煮魚・焼き魚、スモークサーモン ほか

※インタビューの内容および取材対象者の所属・役職等は記事公開当時のものです。