60年変わらないその味は、ファンにとって「なくては困る」ものでした。
「当社の看板商品『さんまのみりん干し』は、創業者である私の祖父(正利さん)が3年かけてその味を完成させました。サンマの不漁で量販店に納品できなかった時は、お客さまから『どこで買えるの?』と問い合わせもいただいていましたが、原料がなくて作れなかったんです。それでも昨年ようやく生産を再開することができました」
そう話すのは宮城県石巻市で水産加工業を営む林正の3代目社長、林正隆さん(以下「」内同)。「秘伝のタレ」づくりは、子供の頃に祖父から教わっていたのだそうです。
みりん干しはサンマのほかにタラでも展開。みりん干し以外にツブ貝、オキアミの加工、フィレ加工や鮮魚販売なども手掛けており、従業員12名の規模ながら多様に展開しています。
「ここ数年は加工の比率を高めています。資材や運送のコストが上昇しているほか、海の状況が変わってきていることが大きな要因です。獲れる魚がよく変わるので魚種を絞ることが難しいのですが、加工の技術があれば柔軟に対応できます」
創業者の祖父と、先代社長の父(正二郎さん)から加工技術を教えてもらったという林さん。独自にカスタマイズされた機械で何種類もの魚種の加工に対応しています。
東日本大震災当日は、工場でオキアミの加工中だったという林さん。地震でコンテナが崩れましたが、幸いけが人はいませんでした。
津波がやってきたのは、従業員全員を山に避難させた後のことでした。建物は残ったものの全壊判定が出るほどのダメージを受け、浸水被害により機械はすべて使えない状態となりました。被害額は在庫だけで9,000万円、機械などを含めると総額2億円にのぼりました。
「父は5年前に亡くなりましたが、当時のことはよく覚えています。日の丸のハチマキをして、『やるぞ』と言うんです。正直『何をやるの?』と思いましたね。ライフラインも寸断されていて、できることは何もないように思えました。でも父は戦後の焼け野原からの復興を見てきた世代なので、イメージはあったのでしょう。『誰かがやらないと町がダメになる』といったようなことも言っていました」
この日から、親子二人三脚での復興が始まりました。避難所にいる業者を探し歩いて機械の修理を依頼し、6月には従業員を再び集めて鮮魚出荷から再開。氷や箱の手配から始め、魚は宮城県内の他地域からも取り寄せました。しかしツブ貝が入ってこない。そこで林さんらは、漁師の多く住む南三陸町に足を運びました。
「当てはありませんでしたが『現地に行けば何とかなる』と言う父とともに、まずは休漁していたツブ貝漁師の家を探すことから始めました。直接『燃料と氷、餌を用意するから漁を再開してもらえませんか』と何十軒も訪ね歩いた結果、5軒ほどの漁師さんに協力していただくことができました」
早期復旧にこだわったのは、従業員や漁業関係者の生活の立て直しのためでもありました。そのため工場は建て替えをせず、必要最小限の修復や改築にとどめる形となりました。
「結果的にはそれでよかったと思います。早期復旧したことで、お客さまとの繋がりを途切れさせずに済みました。しかし、オキアミなどは復旧までの期間に中国産にシェアを奪われるなどして取引量は減少してしまいました」
生産能力としては震災前と同等、魚種によってはそれ以上の設備を整えることができましたが、全体としては漁獲量の減少や魚価の高騰が響き、回復の妨げとなっています。回復に時間がかかるほど従業員の高齢化も進み、長く勤めていた人が引退することも。労働力不足は否めません。
「当社のオキアミは品質面が評価されて注文も増えていたのですが、オキアミ漁の期間が短くなり、そのぶん一日の生産量を増やさないと間に合わない状況となりました」
短期間で集中的に加工するため、より人手が必要になったのです。
現在の人手不足に対応するには機械化を進めるのが一番。そう考えた林さんは販路回復取組支援事業の助成金を活用し、省人化と増産につながる3つの新しい機械を導入します。
1つ目は、定量投入ライン(定量投入機と投入コンベア)です。
「コンテナに入ったオキアミの原料を煮釜に投入するまでの工程は、これまで人手によって行われており、従業員がオキアミの山を均等にならして投入していました。投入量が少ないと生産性が落ち、多いと煮釜の温度が下がって仕上がりにムラができてしまうため熟練の技術が必要でした。新たに導入した定量投入機と投入コンベアは、その工程を自動で、正確にやってくれます」
この結果、これまで5名で4時間かかっていた作業が、所要時間はそのままに2名で実行可能となりました。また、より正確に定量投入できるようになったことで、さらにムラがなくなり品質も向上しました。
2つ目の機械は、洗浄作業を効率化する容器洗浄機です。
「これまでは容器を手洗いにしていたため、2時間で6名もの人員が必要でした。それが今では、同じ時間内に、わずか2名で対応できるようになりました。従業員からも『ものすごく楽になった』と好評です。これまで欠員が出ると残業で対応してもらいましたが、今はその必要もありません」
そして3つ目は蒸気ボイラーです。
「定量投入ラインの効率化に伴い、処理量が増加して煮釜へも連続してオキアミが投入されるようになりました。そのため、これまでよりお湯の温度が下がりやすくなり、煮る時間が長くなるのではないかという懸念がありました。しかし、しっかりとした熱源が確保できているのでこれまで通りの時間で加工できています。実際の生産量も、1日10トンから15トンに増えました。新しい洗浄機でもこのボイラーで熱した90度の熱湯を使っているので、容器の洗い残しがなく殺菌もできて、衛生面が向上しています」
機材導入により効率と品質が向上し、今後注文が増えても対応できる体制を整えています。
林さんは高校を卒業後、大学に通いながら林正で修行を重ねる道を選びました。
「本当はすぐに働きたかったのですが、父から『友人を作ってこい』と進学を勧められ、仙台の大学の夜間学部に通っていました。午後5時半から午後9時半までが授業。帰宅するのは日付の変わる0時頃でしたが、次の日の朝5時には起きて市場に行っていました。大変でしたが、この時の経験があったから、その後の苦労も乗り越えられています」
このように若い頃から魚に囲まれて育ち、自他ともに認める『魚マニア』だという林さん。飽くなき美味しさへの探求心と創意工夫から、今新しく考えているのが「レトルト干物」と名付けた製品です。
「極限まで水分を落としてから焼き目を入れて冷蔵しているので、レトルトでも魚本来の香りが楽しめます。家庭ではレンジで温めるだけ。骨まで食べられます。宅配関係、おみやげ屋さん、介護施設や学校給食などにも展開していきたいですね」
祖父からよく、「さんまのみりん干しは安くてもいいおかずになるから給料日前によく売れる」と聞かされていた林さんは、値段の目安もワンコイン程度で考えています。
おいしい魚を手頃な値段で届ける背景には、食育や地域活性化を推進する意図もあります。石巻魚市場買受人協同組合の青年部会長も務める林さんは、自社ブランドだけでなく、地域ブランドを広める役割も担っています。
「市内の小中高校で、魚の調理実習なんかもしています。子どもたちに魚に触れてもらい、食べてもらうことで、魚離れを防いでいきたい。そして水産加工業についても知ってもらいたいですね。組合の青年部として、東京の代々木公園や自由が丘のイベントにも出展しているので、金華山沖の豊かな漁場からも近い石巻の水産の魅力を発信できたらと思います」
地域の活性化につながる活動もしながら自社の販路回復を目指す林さんは、先代から「ヒト・モノ・おカネ」の順番を守るようにと教えられてきました。従業員も家族の一員として考えた職場づくりを進めながら、今後の製品づくりにおいては干物のラインナップを増やしていきたいといいます。
「子供の頃から魚を見ているので、魚を見る目は誰にも負けません。『漁師が獲ってきた魚を大事に扱え』と言われてきたので、魚を無駄にせず、おいしく加工していくことを続けたいと思います」
「知ってもらえれば、必ず良さが伝わる」。先代の行動力を受け継ぎ、可能性のある場所へ自ら足を運び続ける林さん。その言葉の裏には、脈々と受け継がれてきた伝統の味と、自らの確かな“目利き”への絶対的な自信が宿っています。
株式会社林正
〒986-2103 宮城県石巻市流留字五性橋3番地6自社製品:煮あみ(イサダ)、干物、煮ツブ貝製造、魚フィレ・開き加工、ほか
※インタビューの内容および取材対象者の所属・役職等は記事公開当時のものです。