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企業レポート 被災地で頑張る加工屋さんをご紹介します

第127回宮城県山徳平塚水産株式会社

OEM生産を依頼 マンションの一室を作業場とした2年間

2011(平成23)年3月11日、その日、平塚さんは現在の本社工場にいました。

突然の強い揺れで出荷予定の商品はぐちゃぐちゃに散乱。従業員が片づけに取りかかろうとしていましたが、カーラジオで大津波警報が出されていることを知ります。

「ラジオでは10mの大津波と言っていて。まさか10mなんて…と思ったのですが、海沿いの立地ということもあって、片づけはいいから、とにかく全員すぐ避難するように指示をしました」

即座の判断により、本社工場にいた従業員は高台へ避難。全員無事でしたが、2キロ離れた内陸にあった工場勤務の従業員がひとり津波に巻き込まれ命を落としました。

平塚さんも、自宅マンションまではたどり着けず、途中にある実家の2階に駆け上がりなんとか難を逃れましたが、津波で流入してきた水がひかず、数日間、閉じ込められてしまいました。

本社工場の様子を確認できたのは震災後5日目。建物自体は残っていたものの、内部は車が流れ込んできたり、機器も壊れて何もかもめちゃくちゃで、使用できるものはひとつもない状態。震災の2年前、2009(平成21)年に石巻市吉野町にあった工場を現在の地に移転統合したばかりの被災でした。

工場機能の再建には最低でも2年かかるだろうというなか、「何もしないわけにはいかない、今できることをやろう」と決意。商品は、OEM生産で八戸、一関のメーカーに、山徳平塚水産の仕様で製造してもらい、自身は営業に注力。売り先を途切れさせたくない、その一心でした。

マンションの一室を営業拠点として、そこで商品の保管も行っていました。冷蔵・冷凍設備がないため、取扱商品は常温保存できるレトルトのおでん、煮魚製品に絞られました。得意先に営業をかけるも、もともと販売していた冷蔵・冷凍商品とは部門もバイヤーも異なるため、イチから販路開拓をしなければいけない状況でした。

▲ 被災する前の旧社屋(左)は津波により全壊となった(右)
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