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企業レポート 被災地で頑張る加工屋さんをご紹介します

第151回千葉県有限会社カネヨン水産

風評被害に苦しんだ大震災後...。
10年をひとつの軸に「もう一度踏ん張ろう」

順風満帆だったようにも見える古川さんですが、実は2000年、40代半ばに難病を発症。4カ月もの間入院し、病院での療養生活が続きました。

「当時、もう仕事をやめようと思ったこともあったのですが、4カ月の闘病を経て退院したとき、一度失った人生をまたもらえたようなもの。これをひとつのきっかけだと思って、もうひと踏ん張り頑張ろうと思ったんですよね」

退院した年には、ごま漬の全国展開が決まり、ゆうパックでも大ヒット、2002(平成14)年には工場を新設、直営店舗も構えました。

これまで売上は右肩上がりだったという同社でしたが、2011年の東日本大震災で大きな打撃を受けます。

「この地域も揺れがひどくて、電気をはじめライフラインも止まったので、その日は従業員全員を車に乗せて、避難所へ誘導、一夜を明かしました」

電気が復旧したのは、3日後。工場を再開して最初にやったことは、製造途中や出荷前の商品をすべて廃棄することでした。

「廃棄した商品の損害も大きかったのですが、それよりもその後の原発事故の風評被害の影響のほうが深刻でした」

販売先が離れ、一時売上は震災前の3割減となりました。さらに原料のイワシ漁の操業日数も減り、イワシ漁船の廃業などもあって、原料不足からの原料高に見舞われます。

「今振り返れば、何かの予感が働いたのかなとも思うのですが、震災が起こる前年に、2002(平成14年)の新工場建設に続く、新たな工場建設計画が進んでいて、もう着工するだけという状態だったんです。でも直前になって、なんとなく...、やめておこうという気持ちが働き、その年は見送ったという経緯がありました」

その年、工場を新設していたら、震災後の売上が低迷した状況はもっと深刻だったかもしれません。ここでも古川さんの直感が功を奏したというべきでしょうか。

その後、徐々に風評被害を払拭、昔からの同社の品質を知る取引先からの注文も回復しつつありました。一方で、原料不足と原料高が続き、今後を見据え古川さんは新たな手立てを探ったのです。

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