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企業レポート 被災地で頑張る加工屋さんをご紹介します

第153回千葉県株式会社イリヤマサ加瀬商店

津波を直観。すぐさま市場から工場へ。
地盤沈下で操業が困難に

2011年、東日本大震災が起こった日も加瀬さんは従業員とふたりで銚子港に買い付けに出ていました。経験したことのない大きな揺れに襲われたとき、加瀬さんは「津波が来る」と直感したそうです。

生まれ育った静岡県三島市では、日頃から東海地震への防災訓練を経験していました。その経験から、すぐさま市場から工場へ戻り、仕事を中断させ、安全確保のため従業員を帰宅、避難させました。

その時、工場では敷地内のいたるところで水があふれ出していました。水道管が破損したのかと思いましたが、工場が利根川河口の埋め立て地に立地していたことが原因で、液状化が起こっていたのです。

「冷蔵庫など重機材が乗っている箇所は15cmほど沈んでしまって、家も傾きました。でも、仕事をとめるわけにはいかないので、ライフライン復旧後は、工場の使えるスペースで仕事をしながら、修理を続ける状態でした」

工場2階の資材置き場は、地盤沈下のため、現在も傾いたまま。修理を続けながら、限られたスペースでの仕事となったため、工場の稼働率、生産量が下がり、震災後は、震災前の売上から30~40%減ったそうです。

また、銚子港での水揚げも漁獲物の放射能検査や資源保護の点から、操業日数が減少。それに伴って1日の水揚げ量が増える状態が続きました。そのため保冷倉庫を新たに増やし、水揚げがある日に大量購入できる体制を整えるなど、取扱量を落とさない努力を重ねてきました。しかし、震災以降、顕著になった労働力不足という大きな課題により、取り扱いの魚種、数量を増やすことが難しく、売上の回復ができない状況にありました。

「以前はイワシならイワシでほぼ同サイズのものが揚がっていたので、仕入れた多くを鮮魚として出荷できていました。震災前と比べて、海洋環境が変わったのか原因はわかりませんが、近年はサイズのばらつきが顕著で、選別作業が必要です。そのため、人手不足、生産力の低下に拍車がかかった状況でした」

さらに売上減となった要因は、日本人の食生活の変化でした。生の魚を買って家で調理するという家庭が減り、レトルトや加工済みの商品のニーズが増えていきます。こうした市場の変化も伴って、当時9割を占めていた鮮魚出荷以外に、冷凍加工品を増産する体制作りが急務となったのです。

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