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企業紹介第155回福島県有限会社いちい水産

急速冷凍機の導入により「常磐もの」のラインナップを拡げる

茨城県から福島県の沖合でとれる、いわゆる「常磐もの」の鮮魚出荷のほか、干物・フィーレなどの水産加工品も手掛けている福島県いわき市久之浜町の「有限会社いちい水産」。震災後に建て直した工場でつくられた製品は、同社の目の前にあるコミュニティ商業施設「浜風きらら」内の販売コーナーにも販売されています。

飲食店などが入居する浜風きららは地元の人たちで賑わう復興拠点に

「いちい水産」の社名は、いちばんの「いち」に、いろはの「い」が由来。「いちばんを目指す」という意味が込められています。そして創業以来、4代に渡り、地元の良質な魚を届けることにこだわり続けてきました。

震災後に地元に戻り、会社の再建に尽力する木村元信さん

「当社を創業した私の曾祖父は、個人で魚を買い付けて販売する仕事をしていました。1973年に祖父が法人化し、その流れを受け継いで現在に至ります。地元の久之浜のほか、沼ノ内や小名浜など、いわき市内の漁港にあがる常磐ものの魚を、地元のスーパー、飲食店、豊洲市場などにおろしています」(有限会社いちい水産 取締役 木村元信さん、以下「」内同)

震災前は乾燥ナマコを製造していたいちい水産ですが、震災後は取引業者の減少によってナマコの水揚げがなくなり、また最大の取引先であった中国で風評被害が拡がっていたことから、メヒカリ、ヤナギガレイなど、その時々で仕入れた魚で干物を製造するようになりました。

「久之浜港に入ってくる底引き網漁船が、毎日変わった魚をとってきてくれるので、少量ずつですがいろいろな魚を干物にしています。この辺りは浜風が吹いてくるので、昔から干物作りが盛んです。この町の特産品でもあるので、それを守る意味でも続けていきたいですね」

この日は通年水揚げされているヤナギガレイを干物に

飲食業界からの転身で右も左もわからないままスタート

震災当時、木村さんは同じ福島県内の富岡町にある飲食店で働いていました。地震発生後、久之浜にいる母や兄のことが気がかりでしたが、電話がつながらず思うように連絡が取れませんでした。

「『津波で家はなくなった』とメールで知らされましたが、それ以上の情報はありませんでした。私は1週間後くらいに実家の様子を見に来ましたが、瓦礫の山。原発事故の影響もあって、私は妻の実家のある埼玉県に。津波に流されながらも命からがら助かった兄も広島県に避難しました」

福島県での試験操業開始が決まると、木村さんは実家に戻り、家業を継ぐことを決意します。震災前年の暮れに父親が亡くなり、跡を継いだ兄は震災後に市議会議員の道へ。自分が継がなければいけないという思いが、自然と湧いてきたそうです。

「幼い頃、父親の仕事によくついていったのは、兄よりも私のほうだったんです。父からは生前、『あとを継ぐのはお前だ』と言われていたこともあって、いつか継ぐんだろうな、というのは頭にありました」

とはいえ、市場には「行ったことがある」程度で、仕事で訪れたことはありませんでした。手伝ってくれている母親も、経営までは携わっておらず、自分で調べねばならないことが山ほどありました。建て替えが必要な工場もどのように原状回復すればよいか、調べるのに苦労したそうです。なかでも特に戸惑ったのは、市場で買いつける魚の値段でした。

「飲食店で働いていたときに、生魚を触ることはありましたが、魚に値段をつけることや、箱詰めする作業はしたことがありませんでした。何も分からない状態でしたが、試験操業が始まった当時は共同購入で他の仲買の方と一緒に仕事をしていたので、そのときにノウハウを教えていただきました。商売上はライバル関係にある方たちですが、父と顔なじみということもあって『おまえがやるのか、がんばれよ』と温かく見守ってもらったのはありがたかったですね」

地元の久之浜魚市場が閉鎖されていた間は、同じいわき市内の魚市場から原料を調達していましたが、2019年9月に久之浜魚市場が8年ぶりに再開したことにより、これまでよりも効率的に仕事ができるようになりました。しかし、会社の売上はまだ震災前の半分ほど。水揚げが少ないなかで売上を回復させ、さらに利益を確保していくには、これまで以上に高い付加価値をつける必要がありました。

凍結してもおいしさそのまま、3Dフリーザーで品質と作業効率が向上

付加価値を創出するため、木村さんが目をつけたのが最新の冷凍機器。いくつかの機材を検討した末に、販路回復取組支援事業の助成金を活用して導入したのが3Dフリーザーです。従来の冷凍機では、一方向から冷気を強風で当てる方式のものでしたが、3Dフリーザーは多方向からの冷気で包み込むように冷却するため、しっとりとムラなく急速冷凍できるのが特徴です。

小ぶりながらも先端技術で効率的な凍結が可能な3Dフリーザー

「3Dフリーザーで凍結すれば、解凍後も身が崩れず、鮮度もキープされているのでおいしく食べられます。もともと加工品の凍結用に導入しましたが、原料を凍結しても品質が落ちなかったので原料凍結にも使用しています。取引先からも高く評価していただいています」

例えばヤナギガレイであれば、従来は一晩かけて凍らせていたのを、3Dフリーザーでは1時間で芯まで凍結が可能です。1時間後には袋詰め作業を始められるため、作業の計算がしやすくなったといいます。

「品質と効率が上がったことで、新規開拓も進んでいます。地元だけでなく東京の仲卸や飲食店、カナダのバンクーバーなどにも売れていきました。うちのような小さい規模で急速冷凍機を持っている業者は少ないので、小回りが利く強みを生かして、大手が扱わないような魚を出していきたいですね」

イセエビなどもそのままの状態で急速冷凍できる

その場で試食もできる直売所の経営を目指す

3Dフリーザーの導入で明るい兆しが見え始めたところに襲いかかったのが、2020年からのコロナ禍でした。県外からの観光客が来なくなってしまったことで、浜風きららにある販売コーナーの売上も10分の1ほどまでに激減。また、忘年会などの自粛ムードが続き、飲食店への鮮魚出荷も減っています。

「緊急事態宣言が明けた後も、なかなか注文が戻ってきていません。スーパーからの引き合いは増えていますが、いいときに比べればまだまだですね」

水揚げが安定しないうえに、コロナ禍で見通しも立ちにくい。ここから売上を伸ばしていくには、さらなる差別化が必要です。木村さんは先ほどの3Dフリーザーをさらに活用すべく、新商品の開発も進めています。

「干物だけでなく、フライ製品や煮物などの味付け製品、寿司向けの製品など、試作を重ねています。これまでは委託販売をしていましたが、できれば自身で本格的に直売所を経営したいですね」

お客さんに食べてもらい、味に納得してもらい、その場で買ってもらう。そんな直売所を敷地内の空きスペースに建てようと検討中です。時期はまだ決めていませんが、木村さんの頭の中では、すでに具体的なイメージは固まりつつあるようです。

市場には多種多様な魚が水揚げされるため、平目のフライや冷凍生しらすなど加工品のラインナップも豊富

「私は震災後に地元に戻ってきましたが、あらためてこの場所がいいなと実感しています。魚はおいしいし、静かで落ち着く。いずれ県外からのお客さんも来てもらいたいとは思いますが、まずは地元の人に、地元のものを食べてもらう場所として、直売所の定着を目指したいですね」

地に足を付けながら進めていく姿勢の原点には、先代がよく言っていた言葉があるといいます。

「『嘘はつかないように。信頼がいちばんだから』という父の言葉は心に残っています。商売はギャンブルのように大勝負することもできますが、無理をせず、できることをしっかりとやって信頼を積み上げていきたいですね」

木村さんにとって、「いちい」の「いちばん」は商品を手に取ってくれる方との“信頼”。“常磐もの”を軸としてこれからも地元いわきのおいしさを届けていきます。

有限会社いちい水産

〒979-0333 福島県いわき市久之浜町久ノ浜字北町161-1
自社製品:干物、フィーレ、鮮魚ほか

※インタビューの内容および取材対象者の所属・役職等は記事公開当時のものです。