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企業レポート 被災地で頑張る加工屋さんをご紹介します

第167回宮城県天祐丸冷凍冷蔵株式会社

顧客のニーズに柔軟に応え、
時代にあった高付加価値な商品を作っていく

天祐丸冷凍冷蔵株式会社のルーツは牡鹿半島のほど近くにある田代島。創業者は、この地で生まれ育った尾形孝三郎さんです。孝三郎さんは、もともとは船を何隻も持ち、日本近海はもちろん、ベーリング海峡や南米など遠洋での漁業も幅広く行っていたのだそう。漁業で獲った魚を効率的に利用するために加工の必要性を感じ、自社の漁船の名である“天祐丸”を冠した加工会社を立ち上げたのです。

「創業者は曾祖父で、私は四代目になります。曾祖父は私にとっては優しいおじいちゃんでしたが、ロシアとの漁業交渉をするなど、あの当時の漁業を引っ張っていった1人で、とてもパワフルな人だったと聞いています。加工の会社を立ち上げたのも、“危険な思いをして獲った魚が市場で安く買いたたかれるなら自力で加工しよう”と始めたそうです」(天祐丸冷凍冷蔵株式会社 代表取締役 尾形昌克さん、以下「」内同)

▲ 天祐丸冷凍冷蔵株式会社 代表取締役 尾形昌克さん

天祐丸冷凍冷蔵株式会社の設立当初は、自社調達だけでなく、地元の石巻や北海道などからも原料を仕入れていました。しかし仕入れを安定させるため、その後、徐々に輸入原料にシフトしていきます。中でも特徴的なのはタラの直輸入。アメリカの会社から、商社を通さずに仕入れることで、安価かつ品質の良い原料を確保することができるのです。

「取引をしているシアトルにあるブローカーの前身は、田代島出身の人がアメリカにわたり、自分で船を持って漁をしていた会社なんです。その関係で、うちの天祐丸の元船員が向こうの船に技術指導員として乗っているので、我々が求めることを直接反映してもらえるんです。船での凍結技術によって原料の品質は大きく左右されるので、最初の凍結に関われることが、品質の良さに直結します」

現社長の昌克さんは、最初は築地で寿司ネタの仲卸をやっている会社に就職したのだそう。「工場が休日の遊び場だった」環境に育ち、水産関連の会社に行くのは当たり前の感覚だったと言います。そして満を持して平成13年に家業に戻り、魚を卸すなどの現場の仕事、営業、財務などを一通り経験してきました。

「親からは家を継げというプレッシャーはありませんでしたが、親が加工の会社、伯父が漁業の会社をやっていましたし、子どもの頃から、さんま船が出航する出船式で紙テープを持って見送ったり、大漁祈願の宴をやっていたような家だったので、ゆくゆくは自分も何か関わるんだろうなとは思っていました。家を継ぐのは自然な流れだったと思います」

▲ 創業時に使っていた荷札
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