茨城県ひたちなか市、那珂湊港からほど近い場所に本社工場を構えるカクダイ水産株式会社は、前浜で買い付けた鮮魚の選別・冷凍加工のほか、サバ、サンマ、イワシ、アジなどのみりん干しや干物などを生産しています。
これらの商品は全国の市場、スーパーなどに卸しているほか、「那珂湊おさかな市場」にある直営店でも販売され、直営店はリピーターの絶えない人気店として各メディアでも多数紹介されています。
同社の創業は、明治後期。現在代表取締役の櫻井 康順(やすのぶ)さんの祖父、櫻井 兵重(へいじゅう)さんが、前浜で水揚げされたイワシ、サバ、カツオなどの鮮魚の販売を始めたのが同社の始まりです。
当時は1907(明治40)年に開通した湊鉄道(現ひたちなか海浜鉄道)、を利用して水戸などをはじめ、広く行商に回っていたそうです。その後、櫻井さんの父、信(のぶ)さんが二代目を継ぎ、1956(昭和31)年にカクダイ水産株式会社を設立。塩ふり加工したサンマを冷凍貨物列車で全国の市場に出荷するなどの事業を展開しました。一時は100人ほどの従業員を抱えるまで会社は順調に成長し、1975(昭和50)年に現在の地に新工場を設立します。
現在三代目となる櫻井さんは幼い頃から、「この仕事を継ぐんだ」と思ってきたそうで、東京水産大学(現・東京海洋大学)に進学し、魚の製造・加工を学び、東京の大手水産会社に就職したのち、1976(昭和51)年、26歳の時に家業に入りました。
櫻井さんが入社した当時は、毎日前浜に水揚げされる魚を選別・加工し鮮魚、また冷凍魚として出荷する事業が会社全体の売上の9割以上を占め、時化で漁がなかったときに干物やみりん干しの製造を行っていました。
父の信さんが病気で急逝、若くして会社を継ぐことになったのは、櫻井さんが33歳の時。現在、主力商品として人気を博しているみりん干しをもっと今の消費者の趣向に近づく味にできないかと改良に取り組んだのも、この頃のことです。
「当時はおいしいと言われている、あちこちのみりん干しを食べては味を分析して…というのを繰り返していました。このとき妻(智子さん)が心強いパートナーとなってくれたんです。妻は料理が上手で、すごくいい味つけをするんですよ。だから味を決めるのに協力してもらって、ザラメ、しょうゆ、酒の配合を何度も味を調整しながら、ようやくオリジナルの調味液が完成しました」(カクダイ水産株式会社 代表取締役 櫻井 康順さん、以下「」内同)
事務所には分厚い魚料理の専門書が並び、探求熱心な姿勢がうかがえます。さらに、櫻井さんは研究機関が出す情報も見逃しませんでした。
「茨城県水産試験場が、地域の水産加工物のさまざまな調理法について分析した報告書を発行していました。その報告書の中に『みりん干しは4日間調味液に漬けると、魚の水分が抜け、一番味が沁み込む』といった内容が載っていたんですね。それを参考に当社でも試してみた結果、0℃前後のチルド状態で4日間漬け込む製造法にたどり着きました。今もその手法は、ゆるぎない味を決める製造法としてきっちり守っています」
こうして完成したカクダイ水産のみりん干しは、薄味だけれど深部まで味を浸み込ませた、ふっくらやわらかな食感で、もう一度あの味が食べたいと思わせる逸品です。
商品に定評もつき、会社として順調に成長を続けてきましたが、2011(平成23)年3月11日に起きた東日本大震災で大きな打撃を受けます。
「那珂湊おさかな市場」の直営店は津波で全壊、すべて流されました。工場設備も建物の柱基礎部分のひび割れ亀裂の発生、受水槽、床のひび割れ、冷凍棟の基礎部分、配管にも亀裂が生じ稼働できない状態となってしまったのです。
同社では、那珂湊水産加工業協同組合が運営する「那珂湊おさかな市場」にある直営店の復旧を優先し、中小企業等グループ補助金を利用して再開を急ぎました。お客様が直接現地に来るおさかな市場は、地域全体の復興に関わる施設でもあったからです。一方、自社の加工場の設備は、一応の復旧を果たしたものの、十分な対応ができないまま稼働を再開することとなりました。
震災後は、福島第一原発事故の影響で、那珂湊港へ入港する水揚げ魚船も激減。また、風評被害の大きさから売上は大きく減少、震災前の約6割まで落ち込みました。
このような状況を打破すべく同社は、営業方針の転換を図ります。茨城県の地魚であるヒラメの取り扱いを開始し、茨城県とともに宣伝、普及にも力を入れるなど、魚種を増やす取り組みを始めました。さらに、県が学校給食などに地産地消の原料使用を推進していることから、サバ、イナダなどの原料魚の確保、県営大洗水族館への餌料納入など、販路や販売機会の拡大に努めました。
「さまざまな販路のニーズに応えるためには、仕入れのチャンス、タイミングを逃さないことがもっとも重要です。学校給食の原料、水族館の飼料などは特に、原料の品質を保ったまま確保しなければいけません。それには、安定した凍結・保管能力が必要でした」
そこでこの課題を解決するため、販路回復取組支援事業の補助金を活用し、新たに冷凍機と受変電設備を導入しました。以前の機器は保管温度が不安定で、原料の魚を長期的に保管することが難しい状態だったといいます。
「綿密な温度チェックが自動で可能なので、温度ムラが出ず保管状態が向上したことが大きいですね。前浜水揚げのアンコウ、メヒカリ、小キンメダイ、アジなどを、タイミングを逃さず買い付けることができます。また、これまでは副機関運転者として3名が従事していましたが、今回導入した機器では延長制御機器を事務所に隣接して設置できたため、管理に必要な人員が0人となったことも大きなメリットとなりました」
これらの機器の導入の結果、前年同月に比べ2割増しの需要に対応できているほか、使用電力も減少、今後さらなるコストの削減も期待されます。
那珂湊水産加工業協同組合の代表理事組合長も務める櫻井さん。観光地としても、たくさんのお客様を迎えている「那珂湊おさかな市場」の代表理事も兼任します。取材に訪れた当日も、平日にもかかわらずおさかな市場はたくさんの観光客でにぎわいを見せていました。
「那珂湊おさかな市場」の直営店には、茨城県水産物開発普及協会主催、「令和元年度茨城県水産製品品評会」で茨城県知事賞も受賞した「さばみりん干し」や、たっぷりと脂がのった「トロサーモンハラスみりん干し」、近海で獲れた「シラス干し」のほか、いろいろな魚種のみりん干し、文化干しがずらりと並びます。
「近隣の旅館・ホテルなどの朝食でもうちのみりん干しが提供されているんですが、そこで食べて味を気に入って、こちらに買いに来てくれるお客さんもいるんですよ」
活気ある声でお客様へ声をかける同社従業員の姿からは、同社の品質と味への誇りを感じます。
「新たに導入した機器で安定した凍結・保管能力を得たおかげで、直営店で販売する新製品の開発にも注力できます」と櫻井さんは話します。
「前浜に水揚げされるおいしい魚を皆さんに食べてもらいたい、ずっとそんな気持ちでこの仕事に携わってきました。今後は、ホッケ、ソイをはじめ、加工品に使う魚の種類をもっと増やしていきたいですね。そして、ひたちなかに来てくださるお客様に満足のいく商品を提供して、地域に貢献したいと思っています」
地域全体がよくなってほしいと、前浜と地元への思いを何度も言葉にする櫻井さん。
地域の観光拠点でもある「那珂湊おさかな市場」の復興に優先して取り組み、10余年が経った今、その決断と行動は確実に実を結んでいると言えるでしょう。
「また食べたくなるカクダイ水産のみりん干し」は人を呼び、那珂湊の活気を生み出していました。
カクダイ水産株式会社
〒311-1211 茨城県ひたちなか市沢メキ1110-15 水産加工団地自社製品:干物、みりん干し、鮮魚 ほか
※インタビューの内容および取材対象者の所属・役職等は記事公開当時のものです。